★★★ 沖縄県知事選 玉城デニーさん 勝利おめでとうございます! ★★★

★★★ ノーベル医学生理学賞 京都大の本庶(ほんじょ)佑(たすく)特別教授(76) 受賞おめでとうございます!~ガン治療「第4の道」導く 衝撃の新藥に結実~ ★★★
      
10月3日(水)、久しぶりにスロージョギングへ出かけようとして、笑ちゃんを探す。「笑ちゃん、どこ?」「・・・(=^・^=)」「どこにいるの?」「・・・・・・(=^・^=)」「アタマ隠して、笑ちゃん見っけ(^^)」「・・・・・・・・・(=^・^=)」シリ隠さず、笑ちゃん不動。

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「おかしゃん面白そうに遊んでるからボクも真似して見たニャ(=^・^=)」

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「何ニャ?食べられニャイニャ(=^・^=)」「笑ちゃんそれ南蛮、カライカライよ。どっこいしょ♪」床に降ろすと…。

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今度は、ひょいと食器洗い機の上に、「おかしゃん、ボクお手伝いするニャ(=^・^=)」「危ないから何もしなくていいの♪」「ニャンコの手も借りたいって言ってるニャ(=^・^=)」「笑ちゃんは下で遊んでてちょうだい♪」「おかしゃんってワケわからニャイニャ(=^・^=)」「ダメったらダメなの!!」おかしゃん急いで笑ちゃんを床に降ろす(@_@)。

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昨日10月4日(木)は、10月2日(火)レーザー手術後の再診予約を放送大学歴史文化クラブの野外授業があり、キャンセルしたため、クリニックに約4時間いる羽目になり、帰宅後、どっと疲れが出て、だるくてだるくて動けない状態でダウンしていました。ブログ記事が遅れて申し訳ありません。m(__)m

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実は18年前、秋田赤十字病院の心臓外科で【スリッピング手術】していた左足下肢静脈瘤が再発し、足がかなり浮腫(むく)み、且つクルブシの上の部分が蜘蛛の巣状に血管が絡み、少々痛みもあり、このままでは潰瘍(蓐瘡)になる恐れがありました。

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現在、秋田赤十字病院では静脈瘤の手術をして居らず、9月29日(土)ここ「ひかりクリニック」で【虎の門病院(東京)】から出張されてきた佐藤医師による【レーザー治療】を受けました。写真は初診を受けた8月17日撮ったものです。予約して午後2時に行ったものの終わったのは6時過ぎ、待合室にはもう誰もいなく、外に駐車している車もない状態でした。

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ところが昨日は駐車場に車が30台余り、待合室は約40人の患者で溢れていました。私の術後の検査は①皮膚の回復状態②エコー検査で、静脈に塊ができていないか③医師の説明を受けました。術後の足の紫色の変色や痛み(押すとかなり痛い)もなく順調に回復中です。うれしいのは浮腫みが殆どなくスラリ(?)とした足になったことです。

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9月29日(土)受けた【血管内レーザー治療】とは、静脈の中に細いレーザーファイバーを通して、レーザーの熱によって静脈をふさいで血を流れなくしてしまう方法です。手術は30分の予定でしたが、私の場合は前の【スリッピング手術】により、膝の後ろの静脈に硬く大きな塊があり、それをクリアするため1時間30分もかかってしまいました。

術後は入浴はシャワーのみ、他は全く普段と同じ生活でOKでした。歩くようにとのことでしたが、さすがに疲れて治療当日は特別散歩もしませんでした。

昔、明治生まれの亡き父がやはり【静脈瘤】が酷く、【東京医科歯科大学】で手術を受け、1か月余りも入院していたことが思い出されます。足に何か所も傷が残っていましたが再発はしませんでした。私は父似の体質なのかもしれません。父も晩年、心臓病で入院をしたりしていましたから。

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レーザー治療を受けた翌日、9月30日(日)は、【ハーモニープラザまつり2018~男女共同参画 未来につなぐ暮らし方~】がありました。当団体【NPOあうん秋田ウィメンズネット】も男女共同参画センター利用団体として登録しているので、

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【DV統計&DVについての情報】を制作、パネル展示し、

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運営委員の内3人が参加、当団体の活動を紹介しました。

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写真は【秋田女性九条を守る会】の朗読劇の様子です。今の世情を語る会話に会場からどっと笑いが…(^^♪。

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最後はコーラスで。歌は10曲くらい歌ったかな?そのうちの1曲【里の秋】。
「♪しずか~な~しずかな~♪里の秋」「ああ♪とうさんよ~ご無事でと~ ♪今夜もかあさんと祈りま~す♪」コーラス指導の年配男性の説明によると、作詞:斎藤信夫 作曲:海沼実 この二人の方は戦後たくさんの童謡を作詞作曲されてるとのことでした。またこの童謡を歌ってるのは童謡歌手の川田正子・孝子きょうだいと聞き、とても懐かしかったです。

この歌は、場所は田舎、戦争が終わって木の実が落ちる音が聞こえるくらい静かな夜、戦争のため出世して行ったお父さんが無事復員して帰って来ることをお母さんと子どもが祈ってる…とても切ない歌なんですね。

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地階では利用団体がバザー。手づくり食品・手づくり手芸品・本・洋服・洗剤等、様々なものが売られていました。「物はもう増やしたくない!」私は何一つ買わずに帰ってきました。

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10月2日(火)、放送大学「歴史・民俗・文化クラブ」の野外学習があり、今にも雨が落ちてきそうな空模様の中、傘を持参し参加しました。研修先は「にかほ市象潟郷土資料館、奈曾白滝、元滝伏流水、土田牧場」等です。

クラブ仲間のKさんの大型RV車に乗り、目的地までの1時間半余り、田舎道をひた走る。

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こじんまりした【象潟郷土資料館】

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資料館前にある【埋もれ木展示場】

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中に縄文時代から長い時空を地中に埋もれていた巨木が展示されていました。何故か焼け焦げの匂いがしてました。

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2階の展示場に入るとすぐ目に入るのがこの屏風絵です。この作品は象潟大地震(1804年)の以前に、象潟の風景を描いたもので非常に貴重な屏風絵です。大地震で、潟が2mも隆起し、松島に並んで絶景と言われていた風景は失われてしまいました。

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今は水田の中に点在する島々の姿に、往時が偲ばれます。ねむの丘の向かい側の水田に小さな島々が残されています。

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屏風絵についての説明です。興味ある方は拡大してご覧ください。

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象潟は松尾芭蕉が【おくのほそ道】の旅で訪れた景勝地としても知られています。しかし、1804年の象潟大地震により芭蕉が見た象潟は消えてしまいました。

真ん中の掛軸が芭蕉の真筆です。私は読めませんでした(>_<)。芭蕉が象潟滞在中によんだ3句を紹介しますね。
「ゆふ晴や 桜に涼む 波の華」「腰長や 鶴脛ぬれて 海涼し」「きさかたの 雨や西施か ねぶの花」

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この埋もれ木は江戸時代に掘られ、一度加工しようとくさびを3本打ってありますが、上手く垂直に割れないことが判明し、そのまま放置されていたものです。ここに展示されてる埋もれ木は紀元前466年(約2500年前縄文晩期)の鳥海山の噴火の際、岩屑なだれにによって杉が泥流に流され、土中に封じ込まれ、近年掘り出されたものです。

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平成27年1月8日に象潟ICの工事現場で杉、ナラ、トチノキなど様々な樹種の木が掘削作業中に出土しました。

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埋もれ木は鳥海山の爆発により、埋没した樹木、言わば木の化石なんですね。こんなにたくさん出土したんですね。

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ここで話が初めに戻りますが、1804年の象潟大地震以前は海が広がり北前船が往来する船着き場があったんですね。(六双屏風絵参照)

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船絵馬。

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船の和磁石

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象潟には刷りの文化が連綿と続いています。刷の文化については紙幅がなく省略します。、

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象潟郷土資料館では、大地震の前の潟時代の象潟を825分の1の模型で再現しています。

☆彡この頃、地震や台風がやたらと多くなったのでは?しかし、テレビやインターネットの情報によって、地震や台風の頻度が多いように感じてるだけで、以前と余り変わらないと池上さんが仰っていました。停電も多く、計画停電など取沙汰されてますが、これは原発再稼動組の操作があるのではないかと私なども疑っています。

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ここねむの木の2階レストランで、

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昼食です。

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レストランから眺める日本海は荒波が立っていました。

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午後は金峰神社の奥に位置する奈曾白滝へ向かう。「う~ん!階段が!!(@_@)」「350段登れるか?」「ムリ(>_<)」と言ったものの、ただ待つのも嫌で、とうとう登りましたよ(*^^)v。

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手水所で暮すカエル?金峰神社(天武9年(680年)に建立=鳥海山大権現を祀る)のある小滝集落は修験者が多く居住し、鳥海山へ向かう修験者の世話をする宿坊でもありました。

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6月の例祭では境内のこの【土舞台】で小滝の【チョウクライロ舞】(国指定重要無形民俗文化財)が奉奏されます。※チョウクライロ舞は今も民俗芸能として長寿を願ってお祭りに舞われています。

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左側の苔むす石段は慈覚太師が築いたとされる旧参道坂です。

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「せっかく登ったのに降りるの(>_<)」「仕方ないわねェ(^_^;)」

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この美しい屋根の建物の中には

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慈覚太師が彫ったという秋田杉の【丈六木造観音菩薩立像(3,6m)・秋田県重要文化財】と6月の例祭に使うお面が保存されていました。(注)文徳天皇(弥生人)の御宇鳥海山の【手長足長と云う賊(縄文人・賊ではない)】を勅命により慈覚大師(弥生人)が退治した時に彫刻し祭祀したのでした。

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この大木は樹齢何百年になるのかしら?目立たぬ場所に、しかし威風堂々と天を突いていました。

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急な階段や坂道をおっかなびっくり(笑)降りていくと…。

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とうとう奈曾白滝が見えてきました\(^O^)/。

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奈曾白滝は鳥海山を源とする奈曽川にある滝で、【国指定名勝】(昭和7年)です。高さ26m、幅11mの容姿の整った滝で、水量の多い時期は壮観です。滝をつくる岩盤は、岩質が新山溶岩流より古い時代の寄生火山から噴出した小滝溶岩で、10万年以前のものと推定されています。10万年前!!驚きですね(@_@)。

奈曽白瀑谷は小滝修験の荒行の場であったと言われています。この激しく落ちる滝に打たれて修業をしたんですね。凄いですね。脱帽m(__)m。

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さて、目的の滝も見たし、戻りましょう。この建物は金峰神社です。奈曾白滝と向かい合って建っています。小滝修験の拠点である金峰神社(旧蔵王権現社)は、蔵王権現と鳥海山権現を祀り、平安時代に遡ると推定される聖観音立像、蔵王権現立像が遺されています。

現在の拝殿は、文化元年(1804)の大地震により蔵王堂は全壊し、文化2年上方に再建したものを、神意により万延元年(1860)に元の場所に(現在地)に移築したものです。

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手入れされてる社務所の庭園の前を通り…元来た道へ。

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写真では土舞台の脇後方にお寺があったのが神仏分離で廃寺になったのですが、梵鐘が残されています。私は見過ごし写真を撮っていません(>_<)。残念!

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小滝の奈曾川に架かる橋のたもと。

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10万年の歴史を飲み込み静かに流れる奈曾川。

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奈曾川の橋のたもとに咲くホトトギス。

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長~いブログにお付き合いいただき有難うございますm(__)m。ではまた(^^)/。鳥海伏流水は次回書きます。

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2018-10-03 21:32 | カテゴリ:日記