『火垂るの墓 』(ほたるのはか)は、野坂昭如の短編小説。野坂自身の戦争原体験を題材に、浮浪児兄妹の餓死までの悲劇を独特の文体で描いた作品である。1967年(昭和42年)、雑誌『オール讀物』10月号に掲載された。映画は1998年4月16日公開。
※ 出典 Wikipedia

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<戦後70年:高畑勲監督、岡山空襲を証言 火の海、逃げ惑う 映画「火垂るの墓」に体験反映>

「無数の火の雨が見えた」「いつ命を落としてもおかしくない状況で、震えが止まらなかった」。アニメ映画「火垂(ほた)るの墓」で知られる映画監督、高畑勲さん(79)は1945年6月、1700人以上が犠牲になった「岡山空襲」で火の海をさまよった。それから70年になる今月29日、岡山市で講演し、故郷で初めて自らの体験を明かす。高畑さんは、平和をないがしろにするような国の現状に危機感を募らせ、証言を続けていくことを決意した。【記事 原田悠自】

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 未明のことだった。当時9歳の高畑さんは、現在の同市北区幸町付近にあった自宅で就寝していた。空襲警報は鳴らず、近隣住民の騒ぎで目を覚ました。外が赤く光っていた。「早く逃げなければ」。姉の五十鈴(いすず)さん(81)と寝間着姿のまま、裸足で家を飛び出した。(中略)

 近くの防火用水を頭からかぶり、ひたすら走った。途中で弾の破片が当たった姉は失神。必死で揺すって起こし、何とか約1キロ東の河原まで逃げおおせた。はぐれた家族も別の場所に避難し、無事だった。

 空襲後、自宅のあった場所に戻った。「逃げ込もうかと迷った防空壕(ごう)で、多数の人が蒸し焼きになって死んでいた。自宅の前の水路にも、水につかったまま窒息死している人が何人もいた。『これが戦争か』と思い知らされた」。この時の体験は、「火垂るの墓」の空襲シーンにも反映されているという。

 これまで空襲体験を周囲に語る機会は少なかった。「自分よりずっとつらい体験をした人がたくさんいるのだから。どうして悲惨な状態に追い込まれたのか、戦争が始まる時のことを知る方がずっと重要だ」。しかし、戦後70年がたち、政府が進める安全保障関連法制の整備に危機感を覚え、体験を発信していくことの大切さも感じる。

 「戦後ずっと続いてきた平和が、政府の方針で揺らいでいることに戦後最大の危機感を覚える。さまざまな戦争の体験談を聞き、『戦争が始まったら自分はどうするのか』と想像してみてほしい。今の世の中が道を踏み外していることが分かるはずだ」
 ※ 出典 毎日新聞 2015年06月17日 東京朝刊 


6月22日の東京で。「この窓から晴れていると富士山が見えるんです」。あいにくの薄曇り、いくら目を凝らしても富士山は見えませんでした(-.-)。ここに、かけがいのない平穏な日常がある。

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6月19日、北国の田んぼ。平和な風景が広がる。

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ちょっとちょっと、我が家のミミちゃんが聞き耳を立てて何やら怒っていますよ。

その原因はこれ。→<「マスコミ懲らしめる」自民勉強会の発言が波紋>

自民党の勉強会で「マスコミを懲らしめる」と報道規制を求める意見が相次いだことが波紋を広げています。安全保障関連法案について国民の理解が広がらないことへの不満の矛先をマスコミに向けた格好で、安倍総理が国会で釈明に追われました。

25日に自民党本部で開かれた会合。安倍総理と親しい作家の百田尚樹氏を講師に萩生田・党総裁特別補佐など総理に近い中堅・若手議員37人が出席しました。
 ※ 出典 TBS糸(JNN) 6月26日(金) 

百田氏は「沖縄の2つの新聞社をつぶさなければ」とさえ言ったのですよ。氏のブログで「冗談だった」と言ってるけど、思わないことは言葉に出ないのです。
「言論の自由」を否定する「トンデモ」発言に、ミミちゃんだけでなく私も非常に怒っています。

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5月25日、京都4日目に話を戻しますね。一日自由な日、金閣寺、銀閣寺に続き、清水寺へ行ってきました。京都東山にある旧皇居、栗田御所をバスの中からパチリ。

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八坂神社は東山祇園町にあります。祭神は素戔嗚尊・櫛稲田姫命・八柱御子神。創祀は、諸説あるが社伝では斉明天皇2年(656)と伝えられ平安遷都がなされた延暦13(794)以前よりこの地に祀られていたとされる。また、貞観11年(869)疫病流行の際、当社の神にお祈りして始まったのが祇園祭です。全国で広く崇敬され、この神を祀る神社は三千余社に及びます。バスの中からパチリ。
※ 出典 京都観光Navi 

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清水寺、ハデハデ仁王門にびっくり(@_@)。お寺って渋い色をしてるとばかり思っていたから。

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着物姿の男子、裾が絡まって・・・階段大丈夫かな?

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笑う狛犬さん?天に向かって吠えている?「お~い!みんな良く聞け~♪ここに来られるのも平和だからだよ~(*^^)v」

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道なりにパチリ。何の予備知識もないので…(・_・;)。

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清水寺への入り口付近。既にツアー団体とははぐれてしまう。

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清水寺のご本尊は千手観音です。

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清水寺本堂(国宝)内部をパチリ。

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ふれ愛観音。「仏様に直接ふれてお参りください」と書かれていました。

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本堂には巨大なケヤキ柱が林立する。

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「清水の舞台」から赤い三重塔が見えます。

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音羽の山。

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音羽の滝。

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みんなで、おみくじに見入る中学生たち。

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地主神社、縁結びの神様。

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縁結びの神さまは大国主命(おおくにぬしのみこと)さんでした。後ろに侍っているのは因幡の白兎です。神話が大活躍していて面白い(=^・^=)。着物姿って素敵ですね。

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5千円で願いごと成就?「運命の赤い糸が五千円で繋がる」安!?

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坂道を下る途中、清水の舞台を支える長く大きなケアキの柱が・・・139本。釘を使わないで組まれていると聞き、驚きました。ここでは鶯が鳴いていました。

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急な階段を降りて行くと・・・音羽の滝がありました。

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音羽の滝の水を飲むため若い人たちが行列してました。

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この碑にどんな物語があるのだろうか?

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京都を着物で観光いいですね。緑の中で一段と着物が艶(あで)やか…素敵♪
「さすが京都ね、着物を姿が多いですね」「レンタル着物屋さんがあるんですよ。」「なるほど!ヘァーセットもしてもらえるんですね」。どうりでペアの着物姿も多いと思った。納得(^^♪。

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清水坂。ここからおみやげのお店が立ち並び、賑やかになります。

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清水坂お土産屋さんが並ぶ途中にこんな所がありました。聖徳太子御直作「厄除阿弥陀如来」が祀られているのでしょうか?

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修復後の東本願寺。 (画像は東本願寺ホームページからお借りしました。)

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東本願寺阿弥陀如来堂・御影堂門が修復中でした。

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東本願寺(浄土真宗)には京都駅から近いこともあって、FC研修会の折、友人とお寺の内部を見て回ったことが2度あります。どちらの時も修復中で大工事が行われていました。2度目は2012年の「親鸞聖人生誕祭」が行われる少し前でした。

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京都観光、少なくてもあと2日はほしかったな。歴史を学ぶチャンスであったのに…(>_<)。
『クワトロ・ラガッツィ~天正少年使節と世界帝国~上・下』 若桑みどり著 (集英社文庫2008年)を読み、今ごろになって何も知らない自分に呆れ、歴史を学びたくなった私です(・_・;)。

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夾竹桃の花が咲いていました。バスは一路京都駅へ。

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バスに乗って着いたのは伊丹空港。観光で18,000歩(階段・坂道が多い)も歩いて疲れてしまって・・・見上げると大阪空港マスコットのそらやんの笑顔が迎えてくれていました。お店は豚まんのお店でした。「喫茶は?」「2階にあります」2階にあったのはコンビニとビール屋さんだけ。あぁ~あ(-.-)。

以前来たとき、伊丹空港行きのバスに並んで、直前に「ここまで」とおじさんにチョン切られて、飛行機の出発時刻に間に合わないので空港までタクシーに乗ったら¥13,000円(T_T)。だから一バス早く来て2時間待ち・・・(-"-)。疲れた私はもう一歩も歩く気になれず、喫茶店を探すこともできず、空港で買った文庫本も読む気にならず、ブラックコーヒーを飲んでぼ~っと、ただただ座っている羽目になったのでした(>_<)。

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夕暮れる伊丹空港から無事帰宅。京都の4日間、本当に楽しく過ごせたこと感謝です(*^^)v。
何度もブログを訪問して下さった皆さま、長い長い京都レポート読んでいただき、どうもありがとうございますm(__)m。

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わが家のバラの花。虫さんがお花の中でお食事中です。

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東北地方も梅雨入りしました。平年より13日、昨年より21日遅い梅雨入りです。
ようやく、あじさいの花が咲きはじめました。

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2015-06-25 19:00 | カテゴリ:日記