※ 12月8日、作家 松田解子(ときこ)さんについて追記しております。

11月2日(日)、<現地フイールド学習>【大仙市・仙北市角館町】コース・大仙市協和郷土資料館「大盛館」→松庵寺・小野田直武顕彰碑→平福記念美術館→武家屋敷(石黒家)見学に行って参りました。
小雨が降っていました。いつものパープルのバスに乗って出発です。

※ 野の花日記の全ての写真はクリックすると拡大してご覧いただけます。

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雨雲が垂れこめて、風景もこんな色に。

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羽後境駅、武家屋敷風のかわいらしい駅ですね。ここで3人の方が乗車しました。「納税」の看板ではなく「旅へ出かけよう(*^^)v」とかの看板が似合うと思うのですが…。

実はここは、松田解子さんが19歳の時、降りしきる雪の中、母が手配してくれた馬橇で、命がけで荒筵で覆われて隠れて運ばれた後、たどり着いた駅です。当時は荒川鉱山の鉱夫やその家族が荒川鉱山の外へ出るためには許可が必要でした。松田解子さんは夜逃げのようにしてこの羽後境駅から東京行きの汽車に乗ったのでした。( 参照文献 『気骨の作家 松田解子 百年の軌跡』)

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秋田大学を出発してから1時間くらいで「郷土資料館=大盛館」へ到着しました。割と近場なのに私は初めて訪れました。「松田解子文学記念室」が併設されてました。

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宮田又鉱山=荒川鉱山(主に銅を産出)。1700年発見されてから、1935年に資源が枯渇し1940年閉山となりました。1897年、秋田市より3年早く電灯がつき、最盛期には人口が4000人に達し、秋田県内で一番先に文化的生活ができた町だとのことでした。しかし炭鉱労働者とその家族はこの恩恵に浴することもなかったのでした。

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荒川鉱山のジオラマ。

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【荒川鉱山真景之図】平福穂庵画。

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上図の一部を拡大して。

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2001年1月、大盛館の中に「松田解子文学記念室」を開設した際に、自らテープカットをする96歳の松田解子さん。小柄な方なのですね。声はとても大きかったそうです。

※ この写真は 『気骨の作家 松田解子 百年の軌跡』 渡邉澄子著 (さきがけ文庫 秋田魁新報社発行)¥1500+税: 2014年11月19日初版、からお借りしたものです。
詳しくお知りになりたい方は、ぜひこの本をお読みください。松田解子さんの差別を許さず人権・平等獲得・反戦平和のため戦った生涯と戦争へ向かう激動の時代、残酷な罠に嵌められた正義の人々の歴史と、秋田の鉱山における労働者の過酷な歴史(花岡鉱山事件等)が書かれています。何度も涙が出てしまいました。

私は2010年夏、花岡鉱山跡を見学し、「花岡平和記念館」と、「日中不再戦友好碑」「中国殉難烈士慰霊之碑」を訪れています。中山寮をはじめ当時の悲惨な歴史の事実はすべて隠蔽され、消し去られていました。

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大盛館の中へ入ってすぐ左手に「松田解子文学記念室」があります。大盛館は松田解子(ときこ)さんの母校・大盛小学校跡地に建てられています。
松田解子さんは夜逃げのようにして去った荒川鉱山を終生忘れることはありませんでした。鉱夫たちの荒涼たる墓地に、松田解子さんの分骨されたお墓があり、墓標にはご自身の筆で解子さんの好きな言葉が書かれ彫られてるそうです。
【 春咲け / 夏照れ / 秋成れ / 冬澄め / わがふるさとよ / 祖国よ 】

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松田解子さん(1905~2004年)の肖像画の隣に、政岡悦子さんの「紫苑の花」の額を発見、うれしかったです。10年くらい前、秋田魁新聞に松田解子さんが連載された時、政岡さんが挿絵を描いて居られました。
秋田宮沢賢治愛好会で初めてお会いしてから、絵手紙や年賀状をいただき、秋田ウィメンズネットへもご協力いただいております。個展では、ドイツのホローコスト(絶滅収容所)を訪れ、「アウシュビッチに咲くバラの花」を描かれていて感動しました。いろいろな花に命を吹き込んだ絵を描かれてる方です。

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松田解子さんの詩。松田解子さんは1世紀人なのですね。素晴らしいですね。

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松田解子さんにはたくさんのご著書があります。2013年1月、秋田放送大学で松田解子さんの面接授業があったのでした。松田解子さんを知る絶好のチャンスだったのに、私はそのころ仕事に忙殺されていて聴き逃がしてしまい、とても残念です。

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炭鉱労働者のため労働運動に一生を捧げられた深尾恭子さんのことは初めて知りました。私は労働運動盛んなりしころ、青春時代、壮年時代を過ごしてきました。労働条件改善はもちろん、賃上げ、アンポ、原発反対等、ビラまき、シュプレヒコール、デモに私も当然のように参加してました。
松田解子さん、深尾恭子さんのような素晴らしい女性たちが秋田にいたことを誇りに思うと同時に、私自身が励まされ背筋が伸びる思いです。

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荒川鉱山を起こした人々。

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荒川鉱山で働く人々。様々な所でたくさんの女性が働いていますね。当時の男尊女卑により、女性の賃金は男性よりはるかに安い低賃金だったとのことです。誰が描いたのでしょうか?リアルに労働の様子が描かれています。抑えた色、繊細で温かな筆使い、鉱山労働者に対する画家の愛情さえ感じられる素晴らしい絵です。
女性の専業主婦化は、高度経済成長時に生産性を高めるた取られた政策です。私は103万円の壁が益々女性を家庭へ縛りつけ、女性の貧困を招き、自立できない結果となっているのではないかと考えています。

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展示場の様子です。

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この展示はきれいすぎです。松田解子さんによると、鉱山労働者(下層民)は暗闇の中、足はくるぶしまで鉱泥に埋まり、亜硫酸ガスの強い臭いが立ち込め蒸し暑く、裸同然の姿で真黒になって働き、人権が認められず、過酷な労働と虐待・リンチが常態であり、人間の「屑」扱いだったと述べられています。
過酷な労働と鉱毒と事故のため、「三日にあげずに葬式(だみ)がでる」が合言葉になっていて、鉱山労働者の怪我も事故死もすべて「本人の不注意による」と片付けられていたと言います。

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「大盛館」を出ると、バスの前に研修生が群がって…何?…バスの№77ー77を撮っていたのでした。私もあやかりパチリ。名バスガイドの「ゆう子」さんがきれいに映っています。黒っぽい上着でカメラを手にしていらっしゃるのは吉田光男館長です。拡大してごらんください。

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ここは荒川鉱山中央選鉱場址です。採掘した鉱石を鉱石と廃石に選り分ける場所だったんですね。

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手前の6角形の形をしているのが貯水槽です。採掘時出る鉱水を貯水槽に貯め、有毒物質や鉱資源とを分離濾過する装置だったんですね。子どもたちがスケボーを楽しんでいました。

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走るバスから撮った一枚に「製錬場の煙突」が写っていました。この煙突から毒煙(亜硫酸ガス)が吐き出されていたのですね。この美しい紅葉の山も、当時は植物が生えない坊主山だったのでしょう。

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砂カス山の手前の広場が製錬所址です。現在はカートランド場になっていて、まっ赤な車が猛スピードで走っていました。

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秋の桧木内川の風景。

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角館、桧木内川の土手のさくらの紅葉が終わりつつありました。よく撮れていません(^_^;)。

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松庵寺へ向かう「学びの旅」参加者たち。

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小田野直武墓地。小田野直武は1750年1月18日~1780年6月19日、享年31歳、満30歳で亡くなっていたんですね。急死し死亡原因が今だによく分からないというのは、当時事件があって箝口令が敷かれたのでしょうか?。平賀源内から洋画を学び、短い生涯だったのに秋田蘭画と呼ばれる一派を形成したことに感動するとともに、道半ばで死に逝かなければならなかった直武の無念さを思わずにはいられませんでした。
史実を調査し、誰かサスペンス仕立てのドラマを書いてくれる人がいないかな…。

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小田野直武顕彰碑。碑の背景が良くないですね。碑の背後に1本のシダレザクラと常緑樹を植樹をしたらどうかしら。

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松庵寺の正門。

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曇り空なのに、お寺のモミジは緋色に燃えていました。

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昼食は食事処「土間人(どまにん)」で。

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中に入ると、「御殿医井戸」がありました。

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立派な蔵の中へ。「土間人」って大切グループが経営するチェーン店なんですね。HPに、角館の店舗は蔵を改装したとありました。「御殿医井戸」については書かれてなく?のままです。

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蔵の中で食事です。なかなか趣があり、結構落ち着けました。

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豚生姜焼き定食。美味しかったですよ。うれしいことにコーヒーサービスつきでした。
食事をしながら、「秋田学びの旅」で初めてお会いした方たちと、ゆっくり談笑できたこともうれしかったです。

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天然記念物角館シダレザクラにはナンバーが付けられています。このシダレザクラは27番木と表示されてます。

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樺細工伝承館。時間がなくパス。

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「角館武家屋敷通り」の豪華な紅葉。たくさんの観光客が紅葉に酔っていました。人力車が歩いていますね。人力車の引手に女性が居ました。頼もしい。
※ ここ「武家屋敷通り」は国の「重要伝統的建造物群保存地区」とされています。

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色とりどりの垣根の紅葉。

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角館町平福記念美術館へは敷き詰められた銀杏の葉の金色の絨毯の上を歩きました。

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深まりゆく秋の一瞬の美、一枚の油絵に足が止まりました。

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質素すぎる看板ですね。中には秋田蘭画が展示されていましたが撮影禁止でした。入って右側にイの一番に小田野直武が描いた「解体新書」(杉田玄白)が展示されていました。直武は幼少期から観察眼に優れ7歳で書いた絵がありました。天才なのですね。

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※参考 下のパンフレットの白ウサギの絵、「笹に白兎図】(部分)が小田野直武が描いたものです。

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石黒家を訪問。屋根が茅葺でした。

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石黒家、普段使用の脇玄関。左のひさしが少し見えてるところが正玄関。殿さまや偉い武士が来訪した時のみ使用する玄関です。残念にも現在釘づけされ当分開かれそうもない様子でした。

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石黒家のお座敷。

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欄間に亀が。亀は万年の縁起を担いだのでしょうか。

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欄間の亀が、もう一方の白壁に幻燈のように映し出されて…心憎い演出が!

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石黒家の女性たちが着用したお着物が展示されていました。今の時期だけの展示だそうです。

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縁側から庭を観る。

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庭には大木が。樹齢300年のモミの木があるとのことでした。どの木かな?

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「奥の方もぜひ御覧ください」と案内されてここを曲がると。

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立派な蔵が。

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手前の穴が野菜貯蔵庫。天然冷蔵庫なのですね。

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平福会館で撮影禁止だった杉田玄白の「解体新書」(小田野直武挿絵)を自由に撮影できました(*^^)v。

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石黒家の家紋と甲冑と陣羽織。

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武具、十字槍が痛そうですね。思わずぶるっと身震いしてしまいました。

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外へ出ると小雨が降っていました。

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雨を心配しながら曇天の中、抱返り渓谷へ向かう。

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黄葉する木々の間に渓流が見えて。吊り橋までは登り坂が続きます。坂の途中でとうとう傘をさしました。

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目指すは赤いつり橋。

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吊り橋の上から渓谷を臨む。吊り橋は渡り始めと終わりに揺れますが、後は気にならない程度の揺れです。

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橋を渡ると広場に出ます。

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全山紅葉。小雨が降り続く。

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紅葉する山々にただ見とれて。

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登った道は下らなければ。

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雨の中、抱返り渓谷行きを決行、来て本当によかったと思います。

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お天気が良く、時間に余裕があったら「ここらでちょっと一休み♪」したかったです。

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午後3時だというのにこの暗さです。

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安藤醸造でアイスクリームを食べ、アッシー君の夫へのお土産にお酒と漬物を買って帰路へ。

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午後5時、すっかり日が暮れていました。工藤観光さんのご好意で秋田駅東口まで送っていただきました。感謝です。

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放送大学主催「秋田の学びの旅」は9月6・7日、10月11・12日、11月1・2日と3回に亘り、座学とフイルドワークが組まれた講座でした。今まで鉱山について無知だった私にとって、「秋田学びの旅」の座学並びにフイルドワークは非常に興味深い内容に充ち、知的好奇心が刺激され、頭がフル回転し、脳の活性化になったと思っています。つまりボケ防止に(^_^;)。
素晴らしい講座を企画運営して下さった、秋田放送大学、井上浩所長はじめ碇子事務長並びに広報の矢田部さん、伊藤さんに感謝申し上げます。
また、ご一緒に参加された皆さまと、共に楽しく和やかに「秋田学びの旅」を終えることができたこと、よき思いでとなすことができたこと、皆さまのお蔭と感謝でいっぱいです。
無事旅を終えられたのは、安全運転に努めて下さった運転手さんと、話題豊富で笑かしてくれたガイドのゆう子さんのお蔭でもあります。
みなさま本当にどうもありがとうございます。長いレポートをご覧いただき感謝申し上げます。m(__)m。
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2014-11-20 11:22 | カテゴリ:秋田学びの旅