★★★ <北限のサル>出産期、ママの胸ですくすく 青森・下北半島 ★★★ 

下北半島には約2500頭のニホンザルが生息し、6月まで出産期が続きます。
※出典 毎日新聞 5月24日(火) 写真もお借りしました。

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5月15~16日、北海道・東北の女性の集まりがあり、「特急津軽」で青森へ行ってきました。この電車には自販機も車内販売もありません。「次は八郎潟」の表示に慌ててカメラを用意。

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田んぼの向こうに見えるのが、八郎潟干拓残存湖です。八郎潟を干拓してできたのが大潟村です。当ブログ5月11日『新緑の季節に』で紹介した「桜と菜の花まつり」の大潟村は米の大増産を目指す夢の大事業でしたが、今はコメ余りの時代、生き残りをかけて苦戦中です。

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八甲田山を車窓からパチリ。新田次郎のノンフイクション山岳小説『八甲田山死の彷徨』がありますね。映画にもなりました。

実際に、日露戦争直前の1902年(明治35年)に、ロシアとの戦争に備えた寒冷地における戦闘の予行演習として、また陸奥湾沿いの青森から弘前への補給路をロシアの艦砲射撃によって破壊された場合を想定して、日本陸軍が八甲田山で行こなった雪中行軍の記録で、演習中に、参加部隊が記録的な寒波に由来する吹雪に遭遇し、210名中199名が死亡した悲劇の遭難事件。演習当日には、北海道で史上最低気温が記録されるなど、例年の冬とは比べ物にならない寒さだったといわれている。
※ 出典 ウィキぺディア

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青森駅へ着きました。

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3時間の旅を終え、お昼なのでゆっくり昼食を♪…駅にレストランがない!!駅のおみやげ売り場の弁当屋さんから買って、小さなテーブルとイスで食べた「何だかな~の昼食」です。

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【日本女性会議・2002あおもり】へ女性学スペース・ミズの仲間と来てから14年ぶりの青森駅は、すっかり様変わりしていました。写真は午後1時過ぎの青森駅です。以前の青森駅の賑わいを知ってる私にはショックでした。青函連絡船が無くなり、今また新幹線が「新青森駅」を通り、従来の青森駅は閑散としていました。

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かって、海産物やリンゴの市場があり賑わっていた所は、きれいな公園広場になっていました。市場は「新鮮市場」として青森駅前の「アウガ」の地下に移転し、鮮魚・乾物・野菜などの店舗や新鮮素材 が味わえる飲食店があるそうです。
「アウガ」に【男女共同参画プラザ「カダール」】があり、車で2度来てましたが、駅には来たことがなくこのような状態だとは思いも寄りませんでした。

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泊まったホテルは「ラ・プラス青い森」です。

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ホテルのホールの天井に白鳥が舞っていました。

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ホテルの窓のカーテンを開けると、夕日を浴びた街の向こうに八甲田山が…♪。

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集まりはお昼で終了、駅前観光をしてみました。駅のすぐ側にあってひと際目を引く【ねぶたの家 ワ・ラッセ】です。

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中に入ると…。

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ねぶたってどうしてこう怖い顔なんでしょうか?光る刀で相手をぶった切ろうとすればこんな形相に?コワ~(>_<)。

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青森県が誇る版画家、情熱の人棟方志功の写真が展示されていました。

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おさかなブッフェで昼食です。

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今はメモリアルシップとして観光船となった八甲田丸を眺めながら、

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海の幸たっぷりな昼食です。この他海鮮サラダをいただきました。美味しかったですよ♪

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青森観光名物の一つ、青森ベイブリッチ。

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ここには、【先人から受け継ぎ「青い空 青い海 青い森」に抱かれた、この郷土を私たちは次代に引き継がねばなりません。】と書かれています。ぜひ引き継いでほしいですね。青森にはそれぞれじょっぱりな津軽地方、南部地方、下北地方の異なる3つの文化圏があります。3つの文化が共働したら素晴らしい観光地になると思うのですが。

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ライラックと姫リンゴの花が咲く公園広場を通り抜けると…。

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「3・26 祝 北海道新幹線開業」の旗を掲げた物産館…。

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物産館脇の海へ続く道。この先にメモリアルシップとなった八甲田丸が停泊しています。

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散策にはロマンチックで最高のロケーションです(*^^)v。

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橋の向こうに見える三角の白い建物が【青森観光物産館「アスパム」】です。

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青森ベイブリッチを支える力持ち。

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【青函連絡船戦災の碑】がありました。敗戦からわずか1か月前、1945年(昭和)7月14日、米軍海軍艦載機が、青森港周辺や青函 連絡船を狙って猛烈な爆撃をしました。とくに青函連絡船は、保有全12隻が被害を受け( 8隻沈没、2隻大破炎上、2隻航行不能、352人死亡)、壊滅状態となりったのでした。

青森は敗戦2週間前、1945年7月28日~29日にかけて大空襲を受けています。B29は東北地方最大の被害を青森市に与えたのでした。
私は戦争中、低空飛行するB29を何度も目撃しました。秋田も【土崎空襲】がありました。

もっと知りたい方は、 『青森空襲を記録する会』 http://aomorikuushuu.jpn.org/ をご覧ください。

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青森桟橋跡地に建てられていた【青森桟橋記念碑】です。

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駅から5分と言うけれど、なかなか遠い(^_^;)八甲田丸。

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青函連絡船 八甲田丸です。船は全長132.0m、全幅17.9m、速力18.2ノット、総トン数5,382.65トン、旅客定員1,286名、積載車両ワム48、両航送自動車12台、とにかく大きな船です。
 詳しく知りたい方は【青森県観光情報サイト http://www.aptinet.jp/Detail_display_00000003.html 】をご覧ください。

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黄色い煙突の下に下船口が見えます。

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船の中の順路通り進むと、そこには敗戦後の昭和の世界が出現!!びっくり!!半世紀昭和の時代を生きてきた私には懐かしくもあり(^^♪苦くもあり(-"-)。

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しばし、昭和の世界にお付き合いください。

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私が生まれ育った土地、能代市の駅前にもこういう青空市場が並んでいました。

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これは当時行商の担ぎ屋には憎まれた巡査が主食のコメや衣料品(統制品)が入ってないか荷物を取り調べている様子です。私の近所にも行商に出るおばさんが居て、「コメなど見つかると没収される」と言ってました。没収した品々は何処へ行ったのでしょう?配給だけで生活し餓死した人もいたのですから、担ぎ屋は庶民の命綱だったのではないでしょうか?

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当時生きるためは、食いつなぐため、親も子もみんな必死だったんですよ。みんな貧しかったんですよ。今はコンビニ、スーパー、デパート、自販機と有り余る食品と衣料品、物物物で溢れ…多くのものが廃棄されている生活からは、想像だにできない昭和の世界が船の中にあったのでした。だけど、『昔が良かった』なんて決して言いたくありません。

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ガラスケースに収められた青函連絡船が並ぶ!!

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洞爺丸(どうやまる)がありました。洞爺丸は中学3年生の「青森・函館修学旅行」で乗った思い出の船です。当時、ラジオ放送で、春に乗った船が秋には台風で沈没し、大勢の人が亡くなったことを知り、非常にショックでした(T_T)。

洞爺丸事故(とうやまるじこ)は、1954年(昭和29年)9月26日に青函航路で台風第15 号により起こった、日本国有鉄道(国鉄)の青函連絡船洞爺丸が沈没した海難事故です。死者・行方不明者あわせて1155人に及ぶ、日本海難史上最大最悪の惨事となりました。

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操舵室。

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操舵室から青い海、青い空、青い山が見える。青く見える山々は八甲田連邦です。八甲田山(はっこうださん)は、青森市の南側にそびえる複数火山の総称で日本百名山 の一つ。「八甲田山」と名がついた単独峰は存在せず、18の成層火山や溶岩円頂丘で構成される火山群です。世界でも有数の豪雪地帯でもあります。

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こんな重い電車や貨物車を何両も積んで運んだんですね。定員1286名だったというのですから、スケールの大きさが分かります。

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28年前、どなたが描いたのでしょう丁寧な手書きの配置図に、昭和を感じました。

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エントツ展望台のテッペンにも登りました。8年前左耳の三半規管にヘルペスができ、今も多少ふらつきが残っているのでおっかなびっくり(*_*;登ったのですが、大丈夫でした。

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エントツ展望台から写した写真です。

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甲板から降りるとエンジンルーム(機関室)がありました。

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総括制御室の前を通って、次に

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発電機室がありました。船って沢山の人たちが働いていたんですね。青函トンネル開通とともに船を去らなければならなかった大勢の人たちが居たのですね。その後どうされたのでしょうか…気になります。
今回、図らずも八甲田丸を見学で来てほんとうによかったと思います。楽しかったですよ(*^^)v。

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下船して、青森ベイブリッチの下を通って駅へ向かう。

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「発車4分前」のアナウンスに急いでホームの自販機からお茶を買って、その折撮った一枚。ホームに誰もいませんね。

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乗った「特急津軽」は貸し切り状態。5分ほどで新青森駅で停車。新青森駅からどっと旅行団体らしき人たちが乗り、その後うるさいことうるさいこと(>_<)。酔ってる人や大声の女性が喋りつづけ、居眠りもできない状態でした<`ヘ´>。マナーなし。でも秋田弁でした(^_^;)。「特急津軽」は秋田~青森区間の電車です。

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青森の田園風景。

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秋田市郊外は既に夕暮れはじめて…。一面に枯れ草色に見える田んぼはコメ余りの減反政策による休耕地なのでしょうか?休耕地に対し農家へ補償金が払われてるとも聞いたことがありますが、現在はどうなってるのでしょうか?

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無事秋田駅到着。青森♪いい旅でした☆彡。

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5月24日夕方、青森で震度4の地震がありました。
青森には【東通原子力発電所】(東北地方太平洋沖地震により停止中/定期点検中:東北電力と東京電力)と【六ヶ所再処理工場】があり、現在、新規に【大間原子力発電所】を青森県下北郡大間町(大間マグロで有名)に建設中です。

★ (注)【六ヶ所再処理工場】とは日本原燃が所有する核燃料の再処理工場。日本の原子力発電所で使用され終わった使用済み核燃料を集め、その中から核燃料のウランとプルトニウムを取り出す再処理工場です。
1993年当初発表されていた建設費用は7600億円だったものが、2011年2月現在で2兆1,930億円と約2.8倍以上もかけて青森県上北郡六ヶ所村弥栄平地区に建設が進められています。2006年よりアクティブ試験を行っているがトラブルが続き、23回の延期をしています。2015年11月16日には竣工時期を、2018年度(平成30年度)上期に変更することが発表されました。

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★★★ <南海トラフ>海底ひずみの分布状況解明 海保が観測 ★★★

南海トラフ巨大地震の想定震源域で、海底のプレート(岩板)にたまったひずみの分布状況を初めて明らかにしたと、海上保安庁海洋情報部の調査チームが23日付の英科学誌ネイチャー電子版に発表した。ひずみが解放される時に地震が起きると考えられており、海保は【将来懸念される巨大地震に向け、より詳しい被害予測や観測態勢の充実に役立つ】としている。
※ 出典 毎日新聞5月24日(火) 写真もお借りしました。

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★★★ 相次ぐ男児置き去り事件に思う ★★★

「しつけ」と称して児童を置き去りにするのは児童虐待です。教育効果はありません。子どもは親から見捨てられたという絶望感と恐怖感を抱き深く傷つきます。DV夫が「しつけ」と称して妻に暴言暴力を振るうのと同じです。DV夫も置き去りをします。子どもの心のケアが必要ですね。それにしても7歳の大和君、ほんとうによく頑張りました。ほんとうに賢いと思う!(^^)!。今回は親の教育「しつけ」が必要ですね(>_<)。byマリコ

【北海道函館ー男児山中置き去り事件】
5月28日、北海道函館市で小学2年田野岡大和君(7)が両親が山林に「しつけ」と称して置き去りにし行方不明になり、山中を大捜索し、6月3日陸上自衛隊「駒ケ岳演習場」の宿泊施設内で6日ぶりに無事保護された。

【児相に通告-石川県警】
金沢市の山道で小学2年の男児(7)が母親に置き去りにされ、石川県警金沢中署が心理的虐待の疑いがあるとして、金沢市児童相談所に通告していたことが4日、分かった。20代の母親は「言うことを聞かず、宿題をしなかったので、山道に連れて行った」と話している。

同署によると、母親は5月23日、金沢市の山道に隣接市から車で向かい、午後6時15分ごろ、長男を降ろしてその場を離れた。
 母親は数分後に戻ったが、長男がおらず、午後7時15分ごろ110番した。金沢中署員や消防が山中を捜索し、同9時20分ごろ、現場から数百メートル離れた山中で、しゃがみこむ男児を見つけた。けがはなかった。(2016/06/04-17:12)
出典 時事ドットコムニュース (2016/06/04-17:12)

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2016-06-04 23:25 | カテゴリ:日記