平和な田園風景。

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< 安保法案反対!! 全国一斉デモ 過去最大規模の反対集会 >

8月29、30日、市民団体「戦争をさせない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」の主催する「国会10万人・全国100万人大行動」の一環です。同団体の呼び掛けで抗議の集会やデモが全国47都道府県の計300カ所以上で開かれたました。
30日は、12万の市民が「戦争法案絶対反対!!」「戦争法案を今すぐ廃案!!」と訴え、国会議事堂周辺を埋め尽くしました。

< 【安保法案抗議集会】 国会議事堂取り囲む >

 参院で審議中の安全保障関連法案に反対する市民らの大規模な抗議集会が30日、東京・永田町の国会議事堂周辺であった。学生や子連れの親、戦争を知る高齢者など、世代や立場を超え危機感を持つ人々が正午過ぎから国会を取り囲み、「戦争法案反対」を訴えた。
※ 出典 毎日新聞

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秋田:戦争をさせない・9条を壊すな!総がかり行動秋田県実行委員会のチラシ。

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【 秋田の女たちが呼びかける8・8県民アクション 】レポートです。 
※ 拡大してご覧ください。 ※ 関連記事 < NO! 戦争する国 (3) >

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【全国100万人大行動秋田県集会】は秋田駅前アゴラ広場で開催されました。800枚用意したビラが不足だったとのことでした。

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準備に忙しい実行委員たち。

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立ち並ぶ旗。

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鈴をつけ小さなステッカーを貼ったアイデアうちわ(^^♪。うちわを手のひらで打つと意外にも賑やかで大きな音がでます。びっくり(@_@)。

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あゝ(-"-)。秋田県議会はアベ政権に対して「安保法案成立賛成」と全国で一番乗りしたことを詫びる9条の会県会議員。

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「子どもたちを戦争から守ろう」と訴える女性。

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グループ「SEALDs(シールズ)」に参加してしてきたと報告する青年。

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ステージの声に真剣に耳を傾ける市民。

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雨が降ってきて・・・。

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秋田弁護士会からは、7月20に行われた「安保反対集会」及びデモ(アゴラ広場・800人の参加)の報告と決意表明がありました。

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集会アピールが読み上げられる。

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杖を手に熱心にアピールに見入る高齢者。

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わが家の子どもたちが揃って「戦争はイヤ!戦争へ行きたくない!戦争で死にたくない!」と申しています。
※ 拡大してご覧ください。

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「戦争法案絶対反対!」「今すぐ廃案!」「9条守れ!」「アベ政権の暴走止めよう!」「みんなの力で暴走止めよう!」コールの練習(^^♪

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お父さんと一緒の子ども。

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デモ行進へ出発(^o^)丿で~す。「3列にならんでくださ~い♪」

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既に午後5時20分過ぎ、居酒屋に灯がともる。

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素晴らしい看板ですね♪

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お堀の蓮の花がまだ咲き続けています。葉っぱが秋色になりはじめ・・・行進しながらパチリ・・・大ブレm(__)m。

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駅前の角で、太鼓を打ち鳴らし賑やかにデモ隊を迎えてくれている親子。うれしい☆彡。

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友人のお手製・・・ニャンコも「戦争やだニャン」。わが家のミミちゃんも賛成ニャン\(=^・^=)/。

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「お疲れさまでした」と出迎える、秋田の議員。ここが終点です。

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大館市の市民も参加。「写真上手くとったか?」って、ご覧のとおりですよ(*^^)v。

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思い思いに集まって、流れ解散。ノドも足も疲れ・・・「お腹が空いたニャ」(=^・^=)。

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駅前から一路帰途へ。

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夕暮れの道を友人の車で帰宅。一日無事なり感謝(^^)/。

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日本弁護士連合会作成のうちわ。 ※ 拡大してご覧ください。
( 注 ) 『野の花日記』の全ての画像はワンクリックすると拡大できます。

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初雪草。

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2015-08-30 23:44 | カテゴリ:日記
敗戦後70年目、2015年8月15日の朝の空は青く澄みわたっています。70年前の1945年8月15日、今日のように晴れ渡りとても暑い日だったと記憶しております。
疎開先の田舎の物置小屋を改造した小さな家で、ラジオから流れる玉音放送を聞きました。「神風など吹かない」「バケツリレーでB-29爆撃機に勝てるはずがない」と言っていた母が、どういうふうだったのか記憶にありません。「戦争に負けたのだから日本国民は奴隷にされる」「女たちは顔に墨を塗らなければ」と言う大人たちの話を聞き、「どうなるんだろう」と、幼い私はとても不安でした。

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<玉音放送は予告された>
1945年8月14日21時と15日7時のニュースで、「このたび詔書が渙発される」「15日正午に天皇自らの放送がある」「国民は一人残らず玉音を拝するように」「昼間送電のない地域にも特別送電を行う」「官公署、事務所、工場、停車場、郵便局などでは手持ち受信機を活用して国民がもれなく放送を聞けるように手配すること」「新聞が午後一時頃に配達される所もあること」などが報じられていたのでした。
※ 出典 wikpedia

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玉音放送においては、「朕は帝国政府をして米英支蘇四国に対し其の共同宣言を受諾する旨通告せしめたり」(私は米国・英国・支那・蘇連の4か国に対し、共同宣言を受け入れると帝国政府に通告させた)という文言が「日本政府はポツダム宣言を受諾し、降伏する」ことを表明する最も重要な主題でした。

有名な映画『日本のいちばん長い日』が、15日の朝まで続いていたのですね。まだ映画を観てない方は是非ご覧ください。

その宮城事件とは、1945年(昭和20年)8月14日の深夜から15日(日本時間)にかけて、一部の陸軍省幕僚と近衛師団参謀が中心となって起こしたクーデター未遂事件です。

日本の降伏を阻止しようと企図した将校達は近衛第一師団長森赳中将を殺害、師団長命令を偽造し近衛歩兵第二連隊を用いて宮城(皇居)を占拠した。しかし陸軍首脳部及び東部軍管区の説得に失敗した彼らは自殺もしくは逮捕され、日本の降伏表明は当初の予定通り行われたのです。
※ 出典  wikpedia

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私にはNHKで繰り返し放送される、皇居前広場にひれ伏し慟哭する市民の映像と、昭和天皇の「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」のお言葉が強く印象に残っています。

当時、天皇陛下の肉声を聞くことは日本人として前代未聞の恐れ多いことでした。「終戦の聖断下る!」「日本破れたり!!」にわかに信じがたく人々の間に「戦争が終わったらしい」「無条件降伏」「ポッダム宣言全面受諾」「嘘だろう!」「デマだよ!」・・・「一億火の玉になって!」「本土決戦だ!」と混乱があったと聞いています。当然ですね。言論統制されていて事実は何も知らされてなく、「勝った!勝った!」の報道を信じていたのですからね。
戦争が終わったという安堵のうれしさと負けた悔しさと悲しみが入りまじり、複雑な気持ちだったと思います。

(注) <ポッタム宣言>
1945年7月、アメリカ、イギリス、中国、ソ連の主要連合国が、日本に降伏の機会を与える条件として発した共同宣言。

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8月15日、全国戦没者追悼式が日本武道館で行われました。
式典では、参列者が式壇に菊の花を手向けて、戦争で亡くなったおよそ310万人の霊を慰めました。終戦から70年を迎えて遺族の高齢化は一層進み、ことし、参列した遺族のおよそ8割は70歳以上となっています。

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天皇陛下が「国民のたゆみない努力と、平和の存続を切望する国民の意識に支えられ、我が国は今日の平和と繁栄を築いてきました。ここに過去を顧み、さきの大戦に対する深い反省と共に、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心からなる追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」とおことばを述べられました。
※ 出典 NHKニュース

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わが家のミミちゃん、こんな所で平和を満喫しています。ここは陽が射して暑いはずなのに、ニャンコの体感温度ってどうなってるのかしら(?_?)。

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午後、「秋田の女たちが呼びかける 8・8県民アクション」の振り返りと今後の活動について話し合いがもたれ、参加して来ました。

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シュプレヒコールの声が聞こえてきて窓の外を見ると市民が「安全保障法ハンターイ!」「九条を守れッ!」「戦争するなァ~!」と叫びながら、暑さにもメゲズ旗をなびかせて行進してました。

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30日、「秋田総がかり集会」があるというので参加しようと思っています。今日はバスではなく友人の車で帰宅、暑さに弱いので助かりました。

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東京から帰郷してる子どもたちと外食に出かけることになりました。太陽が燃え尽きようとしていて急いで車内からパチリ。
70年前の夕陽もこうだったのだろうか?日本人一人ひとりどんな思いで戦いが終わった夕焼け空をみたのでしょうか。戦地の兵士たちは・・・何だか辛く悲しくなり夕焼けを見ていて涙が溢れ出てしまいました。

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食事後、子どもがドンキに寄ってくれてブックオフで買った本です。「そんなに買ったの!」とツレと子どもたちに笑われてしまいました(^_^;)。しばらくヒマなしになりそうです。『新リア王』は、上野千鶴子さんに勧められた本です。

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今読んでるのは下の2冊です。「暴力」をなぜ人は欲するのでしょうか・・・。

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2015-08-17 05:31 | カテゴリ:日記
敗戦後70年間、日本国憲法に守られ、誰一人戦争で死ぬことがなかった平和な国日本。私は「アメリカの押し付け憲法だ!」「平和ボケしてる」等と言われても「いいものはいい」と平和憲法を誇りに思って暮らしてきました。しかし、日本の国民は平和を選択するのか、70年の平和を破り戦争を選択するのか、今、重大な岐路に立たされています。

2015年8月6日、平成27年平和記念式典(広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式)が行われました。

1945年8月6日朝8時15分、広島市に原子爆弾投下されました。
爆心地から410m爆心地に一番近い広島市立本川小学校の子どもによる平和の誓い。

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広島市の松井一実市長の「平和宣言」です。一部掲載します。
「私たちの故郷(ふるさと)には、温かい家族の暮らし、人情あふれる地域の絆、季節を彩る祭り、歴史に育まれた伝統文化や建物、子どもたちが遊ぶ川辺などがありました。」

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幾万という人々が炎に焼かれ、その年の暮れまでにかけがえのない14万もの命が奪われました。広島原爆死没者名簿に登録されてる方は現在約29万人にも及びます。

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今、各国の為政者に求められているのは、「人類愛」と「寛容」を基にした国民の幸福の追求ではないでしょうか。為政者が顔を合わせ、対話を重ねることが核兵器廃絶への第一歩となります。そうして得られる信頼を基礎にした、武力に依存しない幅広い安全保障の仕組みを創り出していかなければなりません。

その実現に忍耐強く取り組むことが重要であり、日本国憲法の平和主義が示す真の平和への道筋を世界へ広めることが求められます。(中略)世界の人々に対し、決意を新たに、共に核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて力を尽くすよう訴えます。
 ※ 写真はNHKよりお借りしました。

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2015年8月9日、長崎平和祈念式典が行われました。
総合司会をする若人。

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式典は長崎市平和公園の平和の像の前で執り行われました。

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新たな原爆死没者3373人。原爆被害体験者の高齢化が進み平均年齢が80歳を超えました。
原爆死没者の中には多くの不明者がおり、名前の記されていない名簿が1冊納められてるとのことでした。悲しいですね。
※ 写真は日テレからお借りしました。

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長崎市田上富久市長による平和宣言。
昭和20年8月9日午前11時2分、一発の原子爆弾により、長崎の街は一瞬で廃墟(はいきょ)と化しました。
 今、戦後に生まれた世代が国民の多くを占めるようになり、戦争の記憶が私たちの社会から急速に失われつつあります。長崎や広島の被爆体験だけでなく、東京をはじめ多くの街を破壊した空襲、沖縄戦、そしてアジアの多くの人々を苦しめた悲惨な戦争の記憶を忘れてはなりません。(中略)

現在、国会では、国の安全保障のあり方を決める法案の審議が行われています。70年前に心に刻んだ誓いが、日本国憲法の平和の理念が、今揺らいでいるのではないかという不安と懸念が広がっています。政府と国会には、この不安と懸念の声に耳を傾け、英知を結集し、慎重で真摯(しんし)な審議を行うことを求めます。(後略)

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8月8日、『アベ政治を許さない!』~秋田の女たちが呼びかける~「8・8県民アクション」へ参加して来ました。

1時間早く集まり、「8・8県民アクション」の打ち合わせをする呼びかけ人たち。

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秋田市のお堀の横のポケットパークで参加者が集まるまで、『あたり前の地球』を歌う男性たち。素晴らしい歌声でした♪

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だんだん参加者が増えてきました。

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呼びかけ人代表あいさつ。その後、秋田の女8人による、リレートークがあり、私も1分間アピールしました。

【私の兄は、旧制能代中学校在学中、少年特攻隊を志願しました。15歳でした。
今、アベは「戦争法案である安全保障法」の目的を果たすため、
子どもたちを自ら望んで戦場へ向うべく、洗脳教育をしようと目論んでいます。
子どもや孫が人を殺したり殺されたりしてはなりません。
私たちが望むのは『戦争する国』ではなく『戦争をしない国』です。
国民の平和を守らない「戦争法案」はいりません。
「安全保障法」を廃案に追い込み、『戦争しない国』にするために、諦めないで一緒にがんばりましょう。】

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土崎港被爆市民会議の伊藤津紀子さんからメッセ―ジいただきました。

秋田市では、第二次世界大戦末期の1945年(昭和20 年)8月14日夜間から翌日の8月15日の未明まで、秋田県秋田市土崎港周辺を標的と したアメリカ軍によって行われた大規模空襲を体験しています。
数回にわたって落とされた爆弾は、100kg爆弾が7,360発、50kg爆弾が4,687発に及んでいます。爆撃目標の【日石製油所】は全滅状態となるなど、港、市街地は大きな被害を受け、死者は250人以上、200人以上が負傷しました。

この空襲はアジア・太平洋戦争(太平洋戦争・大東亜戦争)最後の空襲(他に大阪、小田原、熊谷、伊勢崎、岩国、光)の一つとされ、また、秋田県で唯一の大規模空襲でした。
(※ 参照 ウィキぺディア )

(注)1945年8月10日、日本政府は国体維持を条件にポツダム宣言を受諾する意思ありとアメリカに通告し、8月14日にはポッダム宣言受諾を連合国側に通告しました。その後、14日夜の10時30分頃から15日の午前2時30分頃にかけて秋田市土崎等、約20都市がアメリカ軍の空爆を受けたのでした。無条件降伏を受け入れてた後の爆撃だったんですよ(T_T)。
玉音放送が当初の予定通り14日放送されていたら、あり得なかった空爆だったのではと思います。

私はこの土崎大空襲のまっ赤に夜空を焦がす様子を家族で疎開した能代市桧山大森で、村の大人たちと一緒に見ました。桧山は史蹟「桧山城址」が在る所です。私の故郷能代市の上空も毎日のようにB-29戦闘機が飛び、危険を感じた父はリヤカー一つで、家族全員歩いて山奥へ疎開をしたのでした。私は6歳、妹は3歳。兄と姉は小学生だったので桧山小学校で学びました。

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パレードに伴うコールの練習。「とても上手い」と褒められてるところです。みんな笑顔ですよ(^^♪。

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お堀は蓮の花が満開。

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お堀の前を通って、元気よくシュプレヒコール(^o^)丿。

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振り返ると長い行列ができていました。

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手に持ってるのは『アベ政治を許さない!』『戦争させない!』『9条を守れ!』『誰の子どもも戦争に行かせない』。

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パレードはここ秋田駅前が終点。暑い中(34℃)、ほんとうにお疲れさまでした。
予定通り、進行しほんとうによかったです。大成功で終わることができました(*^^)v。

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この日は町内のお祭りでした。秋田は土日はバスの運行が少なく、1時間以上も待ってお祭り会場についたら陽が傾きはじめていました。会場では町内会の男性たちは既にお酒が回り出来上がっていました。

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お祭りの人気イベント、当選者には豪華賞品が当たります。マイクで番号を読み上げると歓声が♪

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屋台の周辺に群がる子どもたち。

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有名な横手焼そばの屋台。

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秋田音頭を輪になって踊っています。親子で参加して踊ってるのが奥の方に小さく見えますね。踊りの行列は5~6重にもなって今まで最大の参加人数だったと思います。写真が大ブレm(__)m。

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お祭りを彩る花火、スマホではよく撮れませんでした(^_^;)。このような親子で楽しむお祭りも平和があってこそなのですよね。
「夏まつり 平和に感謝 こうべ垂れ」←生まれて初めて詠んだ俳句、笑ってください(^^)/。

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2015-08-09 23:35 | カテゴリ:日記
     ★ 秋田竿灯まつりと東北六魂祭を追記しました。乞う再読m(__)m ★

みなさん。暑いですね。気象庁発表の日本地図が毎日、真っ赤に燃えています。こう暑いと私も食欲が一気に落ちてしまい、冷たいものばかり欲しくなりますが、クワバラ喰わ腹クワバラです。熱中症にならないようみなさんも無理しないでくださいね。

7月28日から「安全保障関連法案」の参議院特別委員会による審議が始まっています。

本日、7月26日に引き続き、『秋田の女たちが呼びかける8・8県民アクション』第2回目呼びかけ人会議に参加して来ました。

秋田では、 秋田弁護士会が去る7月20日、集団的自衛権の行使を可能 にする安全保障関連法案への反対集会を秋田市のJR秋田駅前アゴラ広場で開き、 県民約800人が「戦争法案を撤回しろ」とシュプレヒコールを上げ、駅周辺をデモ行進しています。
私は「女性団体総会」参加のため上京していてデモに参加できませんでした。残念!

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8月2日、様々な立場の女性が「平和」への願いを一つに、8・8秋田の県民アクションを成功させるべき話し合いがもたれました。

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7月28日、マスコミに対して表明しました。7月29日の毎日新聞記事と秋田さきがけ記事を載せます。拡大してご覧ください。

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秋田県議会は全国で長崎県と初めて、7月9日の本会議で、「安全保障関連法案」の今国会成立を衆参両院や政府に求める意見書を自民、公明の賛成多数で可決しています(>_<)。

9日、秋田県庁前で「安全保障関連法案賛成意見書」に抗議をする秋田市民。

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私の兄(昭和2年生)は旧制能代中学校在学中、少年特攻隊を志願しています。私は白い布に赤い糸で千人針を縫ってもらうため、姉と二人で近所の家々を廻りました。ず~っと後、80歳を過ぎた父に兄がお見舞いに来て分かったのですが、傷痍軍人だった父は少年だった兄の特攻隊志願を猛反対していたのでした。まだ16歳の少年だった兄がお国のために自分の命を惜しげもなく捧げる決心をする・・・教育って恐ろしいですね。

映画:『月光の夏』(1993年・監督 神山征二郎)を能代文化会館で観たのは今から20年以上も前です。私にとって忘れられない映画です。この映画を思い出すたび、特攻出撃前夜、ドイツ民謡『故郷を離るる歌』を故郷へ向かって歌った場面が音楽と共に思い出されます。非常に美しくも悲しい場面です。

   <故郷を離るる歌>   作詞:吉丸一昌 作曲:ド イ ツ 民謡 編曲:入野吉郎

♪1 園(その)の小百合(さゆり)撫子(なでしこ) 垣根の千草

   今日は汝(なれ)を眺(なが)むる 最終(おわり)の日なり

   思えば涙 ひざをひたす さらば故郷(ふるさと)

   さらば故郷 さらば故郷 故郷さらば・・・♪   (大正2年7月 新作唱歌)

あらすじ:太平洋戦争末期の夏、九州の鳥栖国民学校(現、鳥栖市立鳥栖小学校)に陸軍の二人の特攻隊員(特別操縦見習士官)がやって来た。その一人は上野の音楽学校のピアノ科の学生で目達原基地から明日、知覧に向かうので今生の思い出にグランドピアノでベートーヴェンのピアノソナタ第14番「月光」を弾く。「海ゆかば」で送ろうとすると、熊本師範から音楽の教師になりたかったという風間(仲代達也)が弾く。(後略)
※ 出典 ウィキぺディア

風間はエンジンの不調で特攻から引き返し、上官からピアノを弾いたことまで軍人魂を忘れていると言われ、振武寮で屈辱と絶望の日々を過ごす。この映画により「振武寮」の存在が公に知られるようになりました。

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映画:『雲流れる果てに』(1958年・監督 家城巳代治)を松竹映画館で観たのは私が中学生の時でした。ぐしょぐしょに泣きましたね。私の瞼の裏に今でも・鶴田浩二・木村功・岡田英次・山岡久乃さんたちの映像が残っています。
戦争は絶対してはいけないんです。生きたい人の命を奪うのが戦争です。戦場でイの一番に命を失うのは生き続けたい若き青年たちです(T_T)。誰も青年たちから未来を奪ってはいけないんですよ(`´)。

原作は、海軍飛行専修予備学生として出撃して亡くなった青年たちの遺稿集『雲ながるる果てに 戦歿飛行予備学生の手記』です。
あらすじ:1945年(昭和20年)春、本土の南端にある特別攻撃隊基地では、命を棄てる覚悟をした若者たちが今生の思い出となるべき日々を過ごしていた。勇ましく死を覚悟しながらも、この世に残すものに対する愛着や未練がかれらを包み込んでしまう。やがて仲間がひとりひとり大空に向って飛び立って行った。
※ 出典 ウィキぺディア

<元特攻隊員の証言> (※ 出典 時事通信社)
「太平洋戦争末期、戦局の挽回に向け、日本軍が組織的に行った特攻。爆弾を搭載し、搭乗員が航空機ごと敵艦船に体当たりする特別攻撃隊の任務は、はなから生還を前提としない決死攻撃そのものだった」。

特攻機は往きの燃料しか積まれず、敵機や敵艦を撃墜することができなかった場合も帰還は不可能だったのです。撃墜成功率は非常に低く、多くの特攻隊員が海の藻屑と消えたというのが事実でなんですね。

<元特攻隊員の証言> (※ 出典 時事通信社)
「出撃命令を受けたのは出撃日の前日。特攻編成になったときに自分でも覚悟していたつもりですけども、出撃命令を受けた前の晩というのは人生20年の幕を閉じるときですからね。
 弱冠二十歳前後で国のために命を捨てるということはやむを得ないにしても、もうこれで自分の命が数十時間後には絶たれる。そういう自分の気持ちを整理するということで、特攻隊員はみな悶々とした一夜を過ごしたと思います」。

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これはSF映画(サイエンス・フイクション)シーンではありません。第二次大戦中の訓練風景です。
わが家にも毒ガス用マスクがありました。トイレの前の廊下に吊るされてる骸骨に酷似しているマスクが怖くて、幼い私はトイレへ行くたび縮みあがっていました。

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コンクリートの道でキリギリス・・・ハートまで辿りつけるかな…?

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今、日本中の抗議運動のアピールに使われてる『アベ政権を許すな』は、作家の澤地久枝さん(84歳)が抗議活動をよびかけ、文字は俳人の金子兜太(とうた)さん(95歳)が書いてくださったものです。

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自発的に国会議事堂前に集まった青年たち。「今行動しなければ日本は戦争への道を歩むことになる。絶対に戦争法は止めなければ!!」という思いが国会議事堂前に足を運ばせてるのですね。

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『戦争立法反対』とアピールし渋谷をデモ行進する若い人たち。

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ママたちも「夫や子どもを戦場に送りたくない」と、子どもを抱いてデモ行進。パパもいますね。

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7月20日、「安全保障関連法案に反対する学者の会」による「学者100人記者会見」がありました。学士会館の会場いっぱいの、100人を大きく超える賛同者が駆けつけました。

千葉真国際基督教大学特任教授  「憲法を守れない政権には即刻退陣して頂きたい。政治の私物化、専制化がこれ以上進むのではないかという危惧があります。必要最小限の自衛の立場を維持する。これは先の戦争の多大な犠牲への悔恨に基づいたコンセンサスであった。歴史を無視している。」

上野千鶴子先生  「立憲主義を無視した政治がいかにおかしいか。ワイマールの悲劇に学ばないといけない。ナチに学べと言ったのは自民党の麻生さんですが、今事体がどこまで来てるか。学校、学問、メデイアが攻撃されている。手遅れになる前に立ち上がらなくてはならないと思う。この国の運命に関わる。」

益川京大名誉教授(物理学・ノーベル賞受賞者)  「これまで憲法の縛りの中で、自衛隊があったから戦争に巻き込まれずにきた。立憲主義を無視した政権はありえない。怒りの鉄槌を。安倍さんみたいにおかしい人はこれまで右翼にもいなかった。そして、世論調査を見ても国民はそれに気がついてきている。」

現在、「安全保障関連法案に反対する学者の会」におけるアピール賛同者(学者・研究者)は12,853人、市民は27,497人。(8月3日現在)

安全保障関連法案に反対する学者の会 http://anti-security-related-bill.jp/index.html
 
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7月18日全国各地で自発的に「アベ政治を許さない」「戦争法案反対」等をアピールする市民デモが行われました。
写真は国会議事堂前に「安全保障関連法案=戦争法案」採決に危機感を抱いて集まった市民。

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<平和の党だと信じてきたのよ!>
山口代表は「集団的自衛権の行使は、長い間にわたって政府が違憲と判断してきた。それを解釈改憲で認めることはできない」と話していたんです。
「今回の安保法案は、審議に116時間もかけたのに、安倍首相からはまともな回答は一つもなかった。それに協力した公明党の行動は、万死に値します」。元公明党幹部が語る。(引用 週刊朝日)

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『アベ政治を許さない』と訴え、デモ行進する神戸市民。

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八坂神社前に集まり「アベ政治は許さない」とアピールする京都の女性たち。

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「戦争法は廃案だ!!」「アベ政治を許さない」と集まった名古屋市民。

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『アベ政治を許さない』とシュプレヒコールする富山の女性たち。

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涼しげに咲くむくげの花。

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7月16日夜、「憲法違反の安保法制」が衆議員本会議で強行採決され、参議院に送られたことに抗議し、国会議事堂前に4万人の市民が集まり、怒りと抗議の声をあげました。

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シュプレヒコールを叫ぶ市民の波は・・・

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・・・車道半分まで溢れる。帽子を被った警察官が並んでますね。

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『君人殺めたまふことなかれ』と書かれてる旗がありますね。与謝野晶子さんの反戦詩『君死にたまふことなかれ』の引用ですね。日本は第二次世界大戦で300万人にのぼる戦争犠牲者を出しています。再びこの過ちを繰り返してはなりません。

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「平和を守ろう!」と市民が声をあげ、自発的に各地でデモが盛り上がっています。
国民の怒りの声に耳を塞ぎ、私たちの真剣なデモを大したことではないと高を括り、政治を決めるのは首相のアベだと言うなら、それは独裁者ヒトラーと同じです。独裁政治に黙って従うような私たちではありません。国民の平和と人権と幸福を守らない「戦争法案である安全保障関連法」はいりません。私たちが望むのは『戦争する国』ではなく『戦争をしない国』です。

アメリカは戦争国家です。世界中の戦争に介入することで、資本家が大儲けし経済が廻ってる国です。アメリカの経済を回すため日本の青年の尊い命を差し出すアベの精神は尋常ではありません。『アベ政治を許す』ことは日本を戦争への道を辿らせ破滅へ向かわせるだけです。

「戦争して奴いねが!!人殺しして奴いねが!!」男鹿のなまはげさんに国会へ行って「戦争して人殺しをしたい奴ら」を成敗してもらいたい!!

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秋田県男鹿市水族館「GAO」の魚たち。こう暑いと魚が羨ましいですね(^^)。

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秋田竿燈まつりが 8月3日~6日までの日程ではじまっています。

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夜空を焦がす稲穂。

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5月30~31日の2日間、第5回東北六魂祭が秋田市で開催されました。26万人の人出がありました。来年は青森で開催されます。

東北六魂祭の開会式で東日本大震災犠牲者に黙とうを捧げ、復興を誓う。
(※ 写真は産経ニュースからお借りしました。 )

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東北六魂祭(とうほくろっこんさい)とは、東北6県の各県庁所在地の代表的な6つの夏祭りを一同に集めたお祭りです。2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の鎮魂と復興を願い、同年より東北6県都で持ち回り開催されています。

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六魂祭で行われた昼竿灯。

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5本の稲穂が集まる竿灯は昼竿灯でしか見られない竿灯芸です。私も初めて見ました。

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青森ねぶた。「がんばろう、にっぽん、いっしょに青森」って書いてますね☆彡

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盛岡さんさ踊り。

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山形花笠踊り。

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福島わらじ祭り。

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やっぱりお祭りっていいですね。私の故郷能代市ではお城の形をしたねぶたで賑わいます。笛や太鼓の音を聴くと、ワクワクしてしまいます。

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2015-08-02 17:31 | カテゴリ:日記