「小さい秋見つけた~♪」、我が家の庭のこはじょの木が紅葉をはじめていました。

8月29日朝、頭を車の後部ドアにぶつけ、秋田赤十字病院の救急に行ってきました。海馬直撃、余り痛くはなかったのですが、血が流れたので一応大事を取って休んでいます。頭を動かすとまだ痛みがあり、無理はできなく、「野の花日記」書きたい記事があるのですが、書けずにいます。

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庭に植えられたミニトマト、最後のひと房です。葉が夏に疲れた葉っぱになっていますね。私もなんだか頭の前額部に大きなガーゼを絆創膏と髪の毛で止めていて、鏡の中の顔が疲れています。

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8月も、もう終わりですね。戦後69年、テレビで色々な戦争に関わる番組が放送されていました。
映画『ワルキューレ』をきっかけにヒットラーによる独裁政治によるユダヤ人絶滅・人種差別・戦争について考えました。私は下に紹介する本を改めて読んでみました。怪我の功名です。
日本においてもヘイトスピーチデモ(一部の国の国民を差別し排除する)が国会前や街頭で繰り返し行われています。国連の社会権規約委員会からヘイトスピーチ改善勧告がされてます。国連委勧告には法的拘束力はありませんが、勧告された場合、遵守する義務があります。

『アンネの日記』に出会ったのは、私が中学1年生(1952年)の時でした。文庫版の大きさで白い表紙、緑の背表紙・分厚い本だったと記憶しています。この本は中学時代、何人かの友達にも貸したりしましたが、高校1年生時に、残念ながら第二次能代大火(1956年)で焼失してしまいました。
掲載したのは、1994年に出版された『アンネの日記・完全版』 アンネ・フランク著 深町眞理子訳 (文芸春秋社)です。

私は偶然付けたテレビで、映画『SHOAHショア―』(ホローコースト映画・ショア―は絶滅を意味します。)を観ました。そしてその画面に釘付けになりました。上映時間9時間30分。1974年から11年かけて取材完成された証言と実録です(一部演出があったとされますが)。日本での公開は1995年、東京日仏学園で行われ連日満員だったとのっことです。当時テレビでも放映された『ショア―』を私は能代の自宅で見ました。
『ショア―の衝撃』鵜飼哲+高橋哲也編(1995年刊未来社)を私は1997年3刷版で、秋田へ引越して秋田アトリオンのの書店で買い求めました。鵜飼氏と高橋氏の対談を中心に、『ショア―』について様々な人たちが感想や意見を述べています。

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『夜と霧~ドイツ強制収容所の体験記録~』フランクル著作集1(みすず書房)定価1200円。この本は1961年に第1刷が発行されています。私が読んだのは改版第17刷1980年、既に終戦から35年経過し、40代になったばかりのころでした。 

この本は全人類が読むべき聖書だと思いました。この思いは今も変わりません。

1933年、ヒットラーの緊急命令【党と国家の敵はすべて取り除く】により、ほんの一寸でも新体制に対して反体制の兆しがあるものは、手当たり次第に投獄され、ドイツ人が「治療」のためと称して強制収容所に投げ込まれた。6年間に数千人、終戦までは万を超えた良心の人々が容赦なく無残に殺されたのでしょう。この任務を遂行するためゲシュタボが活躍し、ナチ親衛隊の活動があった。(P8参照)

強制収容所はナチドイツが占領下にあるヨーロッパを1940年から45年にかけて縛りつけていた鎖の最後の一環であった。
あらゆる悲惨な道が強制収容所と死とへ続いていた。ユダヤ人、ロシアの戦争捕虜、パルチザン、役に立たなくなった奴隷労働者、連合軍将兵、夜と霧の囚人、そして侵略者に協力することを拒絶したために、あるいは征服民族に抵抗する気配を示したために、ゲシュタボによってその家庭から引きずり出された一団の無辜の男女ーこれらの人がこの道を進められた。(P72、73引用)

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1940年、ナチスドイツは、占領したポーランドの人々を収容するため、アウシュビッツを建設した。ドイツ最大の強制収容所アウシュビッツ「死の収容所」の大門には、<労働は自由への道>という標語が掲げられていました。しかし、殆どの人々は過酷な労働と飢餓のため3か月もしないうちに命を落とした。
20世紀最大の負の遺産であるアウシュビッツは、1979年世界文化遺産に登録されています。

絶滅収容所は6か所あった。・アウシュビッツ・へウムノ・ベウゼツ・リブリン・ソビボル・トレブリンカ
強制収容所は他に、ベルゼン、ブッヒェンワルト、フォセンベルク、ダッハウ、マウトハウゼン、ナッツワイラー、ラヴェンスプリュック、ノイエンガム、ザクセンハウゼン等がある。

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『回想 上・下』 レニ・リーフェンシュタール著 椛島則子訳 1991年12月 1日初版 (文芸春秋)
レニ・リーフェンシュタール(1902~2003年)。1世紀に亘って成功と挫折の逆境を生き抜いた女性です。

≪ レニ・リーフェンシュタール略歴 ≫
1933年ナチスが政権獲得。
1934年ヒトラー国家元首になる。
1935年レニ(33歳)はアドルフ・ヒトラー直々に依頼され、ニュルンベルク党大会の記録映画『意志の勝利』を監督完成発表、「国家映画賞」を受賞する。
1936年ベルリン・オリンピック大会の映画を撮影、1938年『オリンピア』を編集完成。
4月20日ヒトラーの誕生日に封切り、大成功を収める。『オリンピア』はドイツ映画賞、ベニス映画祭で金獅子賞を受賞。

1977年(75歳)『ベルリン・オリンピック大会』出演のため初来日。
1980年(78歳)西武美術館で『ヌバ写真展』開催のため2度目の来日。
1987年(85歳)5年がかりで『回想』完成。

レニ・リーフェンシュタールは映画『意志の勝利』『オリンピア』が、ナチによる独裁を正当化し、国威を発揚させるプロパガンダ映画制作したという理由から、ナチスの協力者として見られ批判に晒され続けてきた。

栄光と挫折、成功と失敗の逆境を1世紀に亘って生き抜いた、類い希なる天才レニの生命・エネルギーに感嘆はするが、レニが否定するように「ほんとうにヒトラーのホローコストを知らなかった」のだろうか?…レニはヒットラーの時代に翻弄され続けて一生を終わったのか?・・・今回再読し、なお疑問は残りました。
 
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広がる青い空と緑に包まれた平和な日常…ただ有難きかな。

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2014-08-31 19:58 | カテゴリ:日記
みなさんこんにちは。雨の日が続き、すっきりしませんね。
8月9日、町内会主催の夏まつりがありました。あいにくの雨だったのですが・・・雨の中で花火が・・・アンドロイドで花火を撮るのは難しかったです。

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今日は、第69回目の終戦(敗戦)記念日ですね。昨夜はトム・クルーズ主演の映画『ワルキューレ』(監督ブライアン・シンガー・制作2008年アメリカ)をテレビ「ザ・シネマ」で観ました。

第二次世界大戦下のドイツ=ヒトッラー(悪魔・偽善者・うそつき)が、独裁政治を行い、ヨーロッパ中のユダヤ人殺戮、ユダヤ人絶滅を計画実行し、1943年4月すべての戦線で配色濃い中で、ヒトラーはあくまで世界制覇実現と勝利を信じ戦争を強行していた。

そのような情勢の中で、1944年7月20日自由と正義のため人間の良心と勇気をもって、ヒットラーの命を奪い、革命「ワルキューレ作戦」を起こそうとした反ヒットラーの人々が、ヒットラー政権・国防軍将校のなかにいたのですね。
「ワルキューレ作戦」そのものは、ヒトラー政権に対する反乱軍を鎮圧するため準備されていたものを、逆手にとってヒトラー暗殺計画に利用したのでした。

ノルマンデー作戦がはじまり、ドイツが敗走しはじめていた中で、ヒトラー暗殺計画「ワルキューレ作戦」がシュタウフェンベルク大佐(トム・クルーズ)指揮の元、実行されたのですが成就せず・・・平和と正義のために立ち上がった人たちが処刑されてしまうのですけれど…死を覚悟し「自分はヒトラーに組しない、人間として恥じない生命を生きたことが、戦争が終わったら証明されるだろう」…。

誰が革命実行に加わる者か、誰がヒットラーに組する者か、両者の間で陰謀を企む者がいたり、繰り広げられる駆け引き…作戦を実行するためにはヒトラーのサインが必要なのですが、ヒトラーがすんなりサインをしてくれるかどうか、ヒトラーが招集した会議室に爆弾を仕込んだカバンを置き・・・最後まで緊張が走るサスペンスに仕上げられていました。

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上の2冊の本は市民の中に、無関心ではいられず、絶滅収容所(アウシュビッツ)へ送られようとした人々を自らの危険を冒して助け出した勇気ある人たちの記録です。

『思いやる勇気~ユダヤ人をホローコストから救った人々』 キャロル・リトナー:サンドラ・マイヤーズ編 食野雅子訳 
(1997年 サイマル出版会) ¥1500円
☆「そこに困っていた人がいたから助けた。人として当たり前のことをしただけです」。特別な思想信条や信仰心を持ってるから助けたのではなかった。

『ヒトラーに抗した女たち~その比類なき勇気の記録~』マルタ・シャート著 田村万理・山本邦子訳 (2008年11月 行路舎) ¥2500+税
☆独裁国家の中に、それに抗した女性たちが居たのですね。
ナチズム時代あらゆる社会層から出てきた女性たちが、市民として信念を主張し、抵抗運動に身を捧げたこと、政治的に困難を極めた時代のドイツを生きた女性たちの実録です。
1934年から1944年までの間、第三帝国内で1万1900人が処刑されました。うち女性が1100人でした。(軍事法廷による死刑判決及び親衛隊に殺害された人々やユダヤ人は含まれていません。)

「1つだけお願いしてよければ、私のことをすべての人に話してね。私たちの死は点滅するシグナルでなければならないのだから」リべルタス・シュルツェ=ボイゼンが、処刑される前母親あてに書いた手紙です。

一番有名なのは、学生の抵抗運動の中の、若くして抵抗運動に身を捧げたゾフイー・ショルの生き方です。映画化され『白バラの祈り』 として日本でも公開されました。私は見てませんので、アマゾンで探してみようと思っています。

この本はお勧めの本です。図書館などにありましたら是非読んでいただきたい一冊です。

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☆イスラエルのガザ攻撃について思う

ユダヤ人大虐殺(ホローコスト)を生き延びたイスラエル人たちは流浪の民を止めて、祖国建設のため世界中から集まり(シオニズム)、パレスチナ人を追い払い、パレスチナ人から土地を奪ってイスラエル国を建設したのです。
いまイスラエルはパレスチナ・ガザ地区で圧倒的軍事力を持ち、徹底的にガザを破壊尽くし、既に2000人以上の市民が犠牲になっています。停戦協定はすぐ打ち破られ、砲撃は止まず…残酷な戦争が続く…。心が痛いです。

ヒットラーがユダヤ人を不潔なネズミであり病原菌をばらまきドイツを滅ぼす危険な存在というプロパガンダを流したように、イスラエル人の眼には、ガザの人たちの姿がもはや人間に映っていないのでしょうか?
ユダヤ人が受けてきた人種差別をパレスチナ人へ憎悪をもって繰り返す。大いなる矛盾であり愚行です。戦争は破壊しつくすだけ、人間を殺し続けるだけ、死んだ一人ひとりの人に家族が居て、それまで精一杯に生きてきて・・・突然訪れる不条理な死。正義の戦争なんて、どこにもありえないと考えています。

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駅のフェンスにからみつき、暑さの中で、可憐に咲くピンクの昼顔。

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ほうづきがいっぱい。

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ただひたすらに生きている。
よく見ると前足が半分かけていますね。なかなか動かなかったのはそのせいだったんですね。歩道のコンクリートの上では、誰かに踏まれる危険性が高く、草むらへ移し置いてきました。

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2014-08-15 10:38 | カテゴリ:映画
8月3日~6日まで、秋田市で竿灯まつりがありました。11号台風が接近する中で、早めに観に行こうとなり、3日、家族で出かけました。
山王かんとう大通りにたなびく黄金の稲穂は過去最高の270本。熱気を帯びて繰り広げられるかんとう芸の素晴らしさにすっかり魅慮されました。
竿灯の「大若」は高さ12メートル、重さ約50キロ、9段の横竹に46個の灯をいれた提灯が吊るされています。「おぉ!」と時々歓声が上がるのは、竿灯が隣の竿灯に絡み合ったり、電線に引っかかったり、倒れそうになる時です。実際倒れて提灯が燃えたり、観客の方に倒れ掛かったりすることもあります。ひやっとスルリを味わう瞬間でもあります。

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子ども会の「小若」は小学生が笛を吹き太鼓を叩くお囃子に乗って、大人より小さい竿灯で芸を披露します。

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竿灯芸を披露しているのはまだ幼児とおぼしき男の子。半纏姿も可愛いですね。周りが一生懸命「ドッコイショ~、ドッコイショ♪」と手を打ちながら声がけをしていますね。

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2014-08-13 11:51 | カテゴリ:日記
わが家の門の階段わきに咲いたカサブランカです。私は百合の花が大好きです。中でも力強く咲くカサブランカに魅かれます。庭や、玄関脇には地植え、玄関先には大きな鉢植えがあり、7月下旬から8月初めにかけては百合の香りで充たされます。

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昨日の夕方、天ぷらを揚げようとして袋から出したサツマイモです。2週間くらい前に買い、透明なビニール袋に入れたまま台所に放置しておいたのでした。なんと芽が出て可愛い葉っぱまでつけてるではありませんか!びっくり!かわいい!そこでHさんからいただいた涙目のうさちゃんに手伝ってもらって、写真を撮りました。声も出さずにちゃんと生きてることに敬服です。私たちはたくさんの命をいただいて生きているのですね。有難いですねm(__)m。

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私、6月7月とずっと気にしてたことがあります。【集団的自衛権】のことです。
憲法は国を守るためにあると思いますか?それとも国民を守るためにあると思いますか?正解は国民を守るために憲法があるのです。
憲法も解釈次第でどうにでもなるということですよね。私たちが友達と交わした約束など「こう解釈していた」からと簡単に反古にしていいんですかね?約束は守らなくていい!?
日本国憲法の一部を載せますので、ワンクリックして拡大してごらんください。

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2014-08-05 10:41 | カテゴリ:日記