※ 12月8日、作家 松田解子(ときこ)さんについて追記しております。

11月2日(日)、<現地フイールド学習>【大仙市・仙北市角館町】コース・大仙市協和郷土資料館「大盛館」→松庵寺・小野田直武顕彰碑→平福記念美術館→武家屋敷(石黒家)見学に行って参りました。
小雨が降っていました。いつものパープルのバスに乗って出発です。

※ 野の花日記の全ての写真はクリックすると拡大してご覧いただけます。

2014-11-02_08-28-11_20141120065948331.jpg

雨雲が垂れこめて、風景もこんな色に。

2014-11-02_09-04-32.jpg

羽後境駅、武家屋敷風のかわいらしい駅ですね。ここで3人の方が乗車しました。「納税」の看板ではなく「旅へ出かけよう(*^^)v」とかの看板が似合うと思うのですが…。

実はここは、松田解子さんが19歳の時、降りしきる雪の中、母が手配してくれた馬橇で、命がけで荒筵で覆われて隠れて運ばれた後、たどり着いた駅です。当時は荒川鉱山の鉱夫やその家族が荒川鉱山の外へ出るためには許可が必要でした。松田解子さんは夜逃げのようにしてこの羽後境駅から東京行きの汽車に乗ったのでした。( 参照文献 『気骨の作家 松田解子 百年の軌跡』)

2014-11-02_09-26-09.jpg

秋田大学を出発してから1時間くらいで「郷土資料館=大盛館」へ到着しました。割と近場なのに私は初めて訪れました。「松田解子文学記念室」が併設されてました。

2014-11-02_09-46-19.jpg
スポンサーサイト

2014-11-20 11:22 | カテゴリ:秋田学びの旅
11月1日(土)午後、秋田大学鉱山学部博物館で吉田光男放送大学教授・付属図書館長の講義、『東アジア銀の道~近世の日本と朝鮮・中国 そしてアジアとヨーロッパをつなぐ』を受けました。

吉田教授によると、「江戸時代、鎖国政策は執られていなかった」とのこと、私はびっくり。私は江戸時代は中国とオランダとの交流以外、鎖国政策がとられていたという中学レベルの歴史認識しか持っていない。現在教科書から「鎖国」なる言葉が無くなってると聞いて、「東アジアの国際交流研究」が進み、様々な事実が掘り起こされ、歴史の事実が変わる…感慨深く聞いた。

日本の銀は写真の慶長銀が示すように非常に純度が高く、最高の銀貨であった。日本は16世紀半ばまで、世界最大の銀生産・輸出国であった。
【石見銀山】 (島根県石見市・ユネスコ世界文化遺産)17世紀(江戸初代)に生産はピークに達し、17世紀末(元禄時代)衰退が顕著となった。
【院内銀山】 (秋田県湯沢市)石見銀山衰退後、江戸後期には日本最大の銀山となる。
1606年村山宗兵衛が発見、開山。一時衰退したが、19世紀新鉱脈が発見され、久保田藩(秋田藩)、日本、中国、世界の銀需要を支える。
特に秋田県は銀と銅の宝庫(金も採れた)であった。→これにより秋田鉱山専門学校の設置に繋がり、全国から天才が集まった。(吉田光男教授・学習資料参照)

すご~い!!10月12日の湯沢市:ジオパークへ(秋田学びの旅No2の2)で既に院内銀山について報告しましたが、改めて世界の銀を支えたと知り、【院内銀山】が歴史上、重要な役割を担っていたことが分かりました。

2014-11-01_14-02-17.jpg

【日本の銀の道】 (吉田光男教授 学習資料より引用)

1、日本から中国への道
① 対馬ルート 対馬→朝鮮  長崎→オランダ・中国と交易 
② 南方ルート 朝鮮の釜山に倭館が開設・1万坪、400~500人の対馬人の男が居住、日本と朝鮮の交易と外交の最前線だった。)後に対馬ルートに一元化される。 

2、朝鮮から中国への道

3、中国から中近東(世界の金融・商業センター)への道
 ① 内陸貿易(シルクロード)  ・中央アジア→中近東(ダマスカス・バグダード)
 ② 南海貿易  ・中国(海のシルクロード)→東南アジア→インド→中近東(ダマスカス・バグダード)

4、中近東からハンブルグ(欧州の金融・商業センター)への道
 ① エーゲ海貿易  エーゲ海→イタリア→アルプス→ハンブルグ
 ② 黒海貿易  黒海→モスクワ→バルト海→ハンブルグ

日本の銀が朝鮮、中国及び様々なルートを通じて世界の需要を支えていたことがよく分かりました。

2014-11-01_13-59-17.jpg

秋田=美人の国、上のポスターは1953年、写真家木村伊兵衛氏(1901~74)が撮影した「秋田おばこ」です。モデルは秋田県大仙市角間川出身の三上(旧姓柴田)洋子さん。貿易関係の仕事をしていた三上氏と結婚、2010年米国ロサンゼルスで76歳でお亡くなりになっています。桜の季節には毎年帰郷されてたとのことです。銀座のビルの窓に、このポスターが巨大化されて映し出されていたのをテレビで見ました。吉田教授の祖母さまが秋田県秋田市ご出身だとのことでした。ご祖母様はきっと秋田美人でいらしたのでしょう。
手前に立っていらっしゃる方が吉田光男教授です。

2014-11-01_14-56-46_20141114111535e5d.jpg

朝鮮は1910年から1945年解放されるまで、36年間にに亘り、日本の植民地でした。

数年前、私は全国のシェルターネットの仲間と韓国における「性暴力への取り組み」「性暴力禁止法」を学ぶため訪問しました。その時、日本大使館前で行われる水曜集会へ参加しました。かなり高齢の5人の元慰安婦女性が椅子に座って居られました。
日本大使館の高い塀にはさらに高く金網が張られ、門は固く閉ざされ、門の前に屈強の警備員が30名位腕組みをし、仁王立ちに立っていました。
韓国水曜集会主催者側の軽自動車が停車し、ビラや手のひら大の小さなうちわを配り、音楽を背景にシュプレヒコールを繰り返していました。時間にして1時間くらいだったと思います。この写真は当時と違い、プラカードが派手になり参加者が学生中心、若くなったと感じます。

<備考> 2000年、「女性国際裁戦犯法廷」(日本軍性奴隷制を裁く2000年女性国際戦犯法廷)日本の慰安婦の問題について責任追及するための民間団体・バウネット・ジャパンの抗議活動(民衆法廷)が東京九段会館において3日間に亘って開催され、NHKテレビで「問われる戦時性暴力」が放送されました。

2014-11-14 11:26 | カテゴリ:秋田学びの旅
10月12日(日)、<現地フイールド学習>【湯沢市】コース・川原毛地獄→上の岱地熱発電所→院内銀山跡見学へ行って参りました。上の岱地熱発電所はぜひ見学したかったのですが土・日休日のため建物外観のみの見学となりました。また、院内銀山跡地は参加者の体力が配慮され、院内石切り場跡地へ変更されました。

ススキが秋を謳歌してました。バスの中からパチリ。

※ 野の花日記内のすべての写真はクリックすると拡大できます。

2014-10-12_09-25-20.jpg

秀麗無比なる鳥海山よ~♪ (秋田県民歌) 私は若き日、山ガールでした。鳥海山にも登りましたよ。

2014-10-12_09-33-02.jpg


2014-10-12_10-24-12.jpg

川原毛地獄は歴史のある温泉地です。江戸時代から昭和にかけて硫黄が採掘されていました。

2014-10-12_10-25-04.jpg

川原毛地獄が見えてきました。500万年前、虎毛山の活動によりできた。デイサイト質凝灰岩・・・26万年前高松岳の火山活動があり、そのときでたマグマが地下にあります。

2014-10-12_10-34-48.jpg

川原毛地獄山は、青森県(南部)の恐山と富山県(越中)立山と並ぶ日本三大霊地の一つです。

2014-10-12_10-43-22.jpg

地下のマグマを熱源として蒸気と硫化水素ガス噴出し、硫黄臭が漂っています。硫黄により岩石が変質し、白っぽく(灰白色)なっています。酸性環境のため川原毛地獄一帯には草木が生えていません。まさに地獄のような景色が作られています。
2005年12月29日、湯沢市の泥湯温泉近くで火山ガスが発生し、窪地にたまった硫化水素のために一家4人が死亡するという悲惨な事故が起こっています。
温泉地では、岩石がボロボロに粘土化し強度が落ち、地すべりが発生しやすいとのこと…納得です。

2014-10-12_10-53-09.jpg

2014-10-24 17:17 | カテゴリ:秋田学びの旅
10月11日(土)午前中、秋田放送大学研修室で、秋田大学教育文化部教授の林信太郎先生の講義を受けて参りました。

奇しくも、9月27日(土)11時52分、岐阜県と長野県にまたがる御嶽山(3067m)が殆ど前兆らしきものがないまま、突然水蒸気噴火を起こした。丁度土曜日、山頂付近には200数十名の登山者がいた。死者57名、行方不明者6人、多くの人が犠牲になった。低温火砕流が発生したと言われている。

気象庁は御嶽山噴火警戒レベルは、現在もレベル3(入山規制・半径4㎞)を維持している。「火山噴火予知連絡会」では、火山活動は低下傾向がみられるが、「今後地震活動などが活発化する場合には、火砕流を伴うような噴火が発生する可能性がある」として、引き続き警戒を呼びかけている。
ちなみに、火山噴火警戒レベルは危険度を5段階で示す。噴火前の御嶽山はレベル1(平常)だった。

2014-10-11_10-14-23.jpg

噴火後の御嶽山航空写真。写真でぶつぶつに見えるのは火山弾、噴石が落ちた跡です。穴の中には噴石があります。林先生の説明に、ぞっとしました。写真で見ることができるのは大きな噴石による大きな穴だとすると、大小の噴石が雨のように降り、登山者を襲ったのではないでしょうか。

※10月27日(月)で御嶽山が爆発して1か月になりました。朝日新聞一面記事によると大きな爆発はドッドーンと3回あり、3回目の爆発では冷蔵庫大、軽トラック大の噴石が飛び交ったとありました。そこに居合わせた登山者はどんなに恐ろしかったことでしょう。

2014-10-11_10-22-31.jpg

これは秋田大学付属小学校の5年生が描いたイラストです。林先生は付属小の校長を兼務して居られます。

2014-10-11_10-23-15.jpg

御嶽山の灰です。入山規制がされていたので、林先生が車を停めた道路(灰の厚さ1ミリ)から掃き集めた灰です。『袋を開けて、匂いをかいでみてください。温泉の匂いがしませんか?」私は喉に来て、咳が出てしまいました。灰と噴石と火山ガス、どう逃れることができるのだろうか?

2014-10-11_10-27-25.jpg

これは御嶽山の噴石ではありません。小さい方の噴石は卵(Sサイズ50g)より小さいのに、70グラムもあり、これが時速300㎞位の猛スピードで飛んできたら、ヘルメットにも穴があいてしまうとのことでした。怖さを実感しました。亡くなった殆どの方の死亡原因は噴石の直撃によると見られています。

2014-10-11_10-43-21.jpg

噴火の規模は、噴出物の量で9段階に分けられ、御嶽山の水蒸気爆発は下から2番目の小規模な噴火だそうです。

2014-10-11_10-27-51.jpg

秋田県で火山噴火が起きたら水蒸気爆発だそうです。秋田県には活火山が秋田焼山・秋田駒ヶ岳・鳥海山・栗駒山等あり、常時観測が行われています。現在、もしかしたら噴火がと注目されているのは蔵王山とのことでした。

2014-10-11_10-37-35.jpg

噴石から身を守るために。噴火時に避難できる対策は全国の火山で整備されてなく、登山者は自分で身を守るのが基本。

2014-10-11_10-45-45.jpg

日本には常時観測している活火山は47もあります。御嶽山の地獄谷からは今なお噴煙が吹き出し続けています。

下記の【噴火に伴う河口付近のリスク】記事は毎日新聞(2014年9月29日)からお借りしたものです。

2014-10-24_01-29-00.jpg

ちよっと笑える写真ですが、林先生は大まじめです。登山時、噴火被災から身を守る安全対策として、最低これ位の準備が必要と、頭に携帯ヘルメット、目にはゴーグル、口にはガスや灰を吸い込まないためのタオルを巻いて実演してくださいました。

2014-10-11_10-49-04.jpg


2014-10-23 19:00 | カテゴリ:秋田学びの旅
9月6日(土)、午後秋田放送大学秋田学習センター主催の「秋田学びの旅」プロジェクト(チラシ参照・クリックし拡大してごらんください・募集中・一般参加可能)である、第1回目の『小坂鉱山~秋田の誇るハイテクノロジーの今昔~』(秋田大学国際資源学部・柴山敦先生)を受講してきました。

続く9月7日(日)<現地フイールド学習>【小坂町】あきたエコタウンセンター→小坂鉱山製錬所→小坂町立総合博物館見学へ行ってきました。残念ながら小坂鉱山製錬所は土・日休日のため外からのみの見学となりました。

2014-09-17_08-16-49.jpg

講座が行われた明徳館カレッジプラザです。

2014-09-06_15-37-17.jpg

『都市鉱山』(1980年代、南條道夫東北大学選鉱製錬研究所教授による造語)という言葉は初耳でした。「環境リサイクル」は重要と常日頃思っていたのに、『都市鉱山』という言葉がスポッと抜け落ちていました。「言葉が現実を構成する」のですから、携帯・自動車・家電製品等、都市でゴミとして廃棄されているハイテク製品が新たな貴金属類を回収できるという知識をテレビ等で得ながら、認識は非常に甘かったといえます。

廃棄されてるハイテク製品が金・銀・銅・レアメタルを豊富に埋蔵する新たな鉱山『都市鉱山』であること、実際の鉱山より産出量がはるかに多いと知り、驚いてしまいました。ハイテクゴミは宝の山なんですね。

柴山敦先生が講義中です。画像が見にくくて申し訳ありませんm(__)m。

2014-09-06_14-54-54.jpg

複合リサイクル製錬フロー図です。自席から写真を撮ることに限界があり、ぼんやりした図になってしまいました。講座の雰囲気を解っていただけたらと思い、まずい映像ですがアップしてます。私が全くというほど普段関わってない内容の講座でしたが非常に興味深く刺激的でもありました。

2014-09-06_14-55-09.jpg

9月7日(日)、お天気は晴れ。朝8時出発。2階建てバス?かなと思うくらいの大型バス、パープル色も素敵です。この色だと「わがバスはいずこ?」と迷うこともなくて安心ですね。50人乗りのバスに24人が乗って、ゆったりと小坂へ向かいました。

2014-09-07_08-47-22.jpg

秋の実り直前の田んぼが続く秋田平野。

2014-09-07_09-30-19.jpg

到着しました。<ホテル小坂ゴールドパレス>。ここで無料コーヒーサービスがあり、ラウンジで夫々ゆったりと休憩をとりました。

2014-09-07_12-18-38.jpg

昼食のため外へ出ると雨。でも大丈夫、屋根がついていましたから。<レストラン古銅館>建物の外観は素敵ですね。中は普通のレストランでした。

2014-09-07_12-18-11.jpg

レストランお勧めのメニューは?「黒鉱カレー」と「黒鉱オムライス」どちらも¥1080円也。黒鉱に見立てるために、私が予想した通り「イカ墨」を使っていました。「お味は?」「う~ん・どちらもイマイチ」でした。量的にも男子にとっては少なかったのではないかなと思います。ここでも無料でコーヒーが提供されていました。

2014-09-07_11-36-40.jpg

屋根の下を通って博物館へ。後ろのオフホワイトの建物はホテルです。

2014-09-07_12-20-35.jpg

あきたエコタウンセンターへ。

2014-09-07_12-21-05.jpg

中へ入ると、鉱石がずらりと並べられ、<秋田の資源エネルギー>「秋田の鉱山の歴史とエコタウンの取り組み」「秋田県の資源・エネルギー」「秋田の自然環境」秋田県環境・リサイクル技術」「近代化産業遺産群」等が掲示されていました。

【小坂鉱山の歴史】  (参考資料 柴山敦先生のプリント)
明治元年(1869ねん)南部藩→官営へ。
明治17年(1884年)藤田組(現DOWAホールディングス)へ払い下げられる。
明治34年(1901年)銀の生産高全国一(残念にも30年で急減する)
その前後から、「黒鉱」の採掘、生産を主体とするようになる。
明治33年(1900年)、世界初の黒鉱自熔炉製錬に成功。
明治40年(1907年)には鉱産額日本一を記録。
秋田県小坂鉱山は栃木県の足尾鉱山、愛媛県の別子鉱山と並び日本三大銅山と称されていました。

2014-09-07_13-09-12.jpg

ここで座学。廻されてきた透明のガラス瓶(インスタントコーヒー中ビンの大きさ)にハイテク機器が1㎝以下に細かく破砕されたものが入っていました。これこそ【都市鉱山資源】なんですね。うっかり撮影をしなかったのが残念。

2014-09-07_12-24-44.jpg

再びバスへ乗りこむ。途中でバスガイドさんが「ここが映画『人間の條件』を撮影した場所です」。植樹される前の風景はハゲ山で中国の風景と酷似していたとのことでした。座ってる座席と反対方向なので、ようやく撮った中の一枚です。監督小林正樹 主演仲代達也 その他新玉美千代、有馬稲子、木村功等出演。 『人間の條件』五味川純平著、夢中で読みましたね。強烈な反戦映画です。

参考まで載せます。よかったらごらんください。
YouTube http://www.youtube.com/watch?v=uYYHlKZlNkk 『人間の條件』 映画公開50周年トレーラー (松竹チャンネル)

2014-09-07_13-29-30.jpg

クリックし拡大してごらんください。
現在は植樹(12種類の木)され、緑豊かな大地に見えますが、一帯が黒鉱のボタ山だったのですね。12種類の木のうち一番繁殖力が強いのがアカシヤであり、緑の多くがニセアカシヤだということでした。DOWAでは、環境緑化のため資金20億円を提供、市民とともに緑化に努め、緑豊かな自然に包まれた小坂町をつくることができたのだそうです。
画面に見えるのは、小坂製錬所です。

2014-09-07_13-31-23.jpg

現在の鉱山事務所。
秋田金属リサイクルネットワークは小坂製錬株式会社のほか株式会社エコリサイクル、エコシステム秋田(株)、オートリサイクル秋田(株)、グリーンフイル小坂(株)、他等あります。
使われなくなったテレビ、エアコン、冷蔵庫、洗濯機、パソコン、携帯電話、工場から出た金属片、自動車などのリサイクル原料は、夫々の役割を担う会社や工場へ集められ、分解(手作業が多い)、破砕処理されます。
このうち金属が含まれる部分が小坂製錬(株)へ運び込まれ、溶かされ、さまざまな金属へと生まれ変わるのです。
(『未来型リサイクル、ガイドブック「都市鉱山」を探検する!』参照、P26引用)

2014-09-07_13-27-46.jpg

小坂鉱山は2006年完全閉山されました。当時の黒鉱の優れた製錬技術が『都市鉱山』から金銀銅、レアメタル等を製錬する技術に生かされてるのですね。秋田県小坂はカナダ、ベルギーに並ぶ世界三大「都市鉱山」なのだそうです。小さな町の壮大な計画、都市で廃棄されるハイテクゴミを精錬し金銀銅を作り出す、これこそ21世紀の錬金術ではないかと思います。

2014-09-07_13-37-55.jpg

2014-09-07_13-38-17.jpg
2014-09-07_13-39-03.jpg

2008年4月稼働を始めた小坂製錬の新型炉(TSL炉)です。新型炉はリサイクル原料から銅や鉛のようなベースメタルや金や銀などの貴金属、セレンやアンチモンなどの多くのレアメタルを回収できるシステムになっています。
走るバスからのこの一枚が撮れていたのはラッキーでした。(クリックして拡大してごらんください。)

【現在の小坂製錬】についても少し。(参照 柴山敦先生プリント)
小坂製錬はそれまでの黒鉱製錬をやめて、現在は廃電子基板やスクラップ類のリサイクル原料を対象とする金属リサイクル製錬業をしています。
年間生産量(DOWA・HPより引用)
金(6t)銀(500t)銅(10,000t)鉛(25,000t)スズ(700t)アンチモン(500t)ビスマス(200t)

2014-09-07_13-39-23.jpg

昔のままの工場。赤レンガ造りがシックですね。明治時代から現在に至るまで銅の電気分解工場として使用されてます。

2014-09-07_13-39-56.jpg

小坂鉱山が栄えていたころ、ここは銀座街だったそうです。往時を偲ぶものは今はなく・・・ですね。当時人口4万と言われ秋田市より多かったとのことです。

2014-09-07_13-40-48.jpg

小坂鉱山事務所の脇にある門。奥の方にある白い建物は小坂鉱山病院記念塔(元霊安室)です。

2014-09-07_13-48-29.jpg

小坂鉱山事務所の正門を入ったところで、小坂鉱山事務所を見上げ、眺めてる夫婦像。

2014-09-07_13-47-43.jpg

バルコニーが張り出している白亜のルネッサンス風の小坂鉱山事務所。明治38年(1905年)に建設された洋館です。平成9年(1997年)まで事務所として使われていました。
小坂製錬工場増築のため、現在地に移転復元され、2002年、康楽館とともに国の重要文化財に指定されています。

2014-09-07_13-46-50.jpg

玄関ホールに入るとすぐらせん階段が、その美しさにパチリ。3階まで写真を3枚を繋げてみました(^^)/。(注・吹き抜けにはなっていません。)

2014-09-07_14-07-59.jpg
2014-09-07_13-52-00.jpg
2014-09-07_13-49-56.jpg

係りの男性が「屋根(杉板菱ぶき)」も「上げ下げ窓は左右にバランサーが入っており(開けたら好きなところでガラス戸を止めることができる)特殊な造りになっている」と説明していました。はるか向こうに康楽館が見えます。

2014-09-07_14-00-28.jpg

藤田組、「藤」の花と漢字の「田」を組み合わせたベランダの美しい飾り欄間。

2014-09-07_13-52-39.jpg

3階から見下ろした2階に作られてる中庭。

2014-09-07_13-51-41.jpg

写真向かって左下が「藤田伝三郎(1841-1912)」藤田組の創設者。藤田組は現在DOWAとなっています。

2014-09-07_14-03-37.jpg

藤田組のマーク。

2014-09-07_14-02-49.jpg

ひゃ~!金の延べ棒(金イゴット)。1本○千万円? 「1本もらったら何をする?」「もちろん○○ルターを作ります!」夢ですね~。

2014-09-07_14-06-36.jpg

社長の机。机上には革が張られている、堂々たる机。実際は、この倍の大きさの机を使っていたのですが、敗戦後、JHQに没収され、行方しらずとのことでした。

2014-09-07_14-13-11.jpg

応接室でしょうか?商談がここで交わされたのでしょう。優雅な調度品ですね。

2014-09-07_14-14-20.jpg

小坂鉱山病院は明治41年(1908年)に竣工、内科、外科、眼科、耳鼻咽頭科、歯科、産科、産婦人科をもつ秋田県第一の総合病院として開設され、鉱山従業員のみならず地域住民の医療施設として大きな役割を果たしました。このルネッサンス風華麗な病院は残念なことに昭和24年(1949年)に焼失してしまいました。

2014-09-07_14-09-20.jpg

足元の床には小坂町全域の航空写真が印刷されていました。この写真は小坂製錬所です。

2014-09-07_14-19-21.jpg

2014-09-07_14-21-44.jpg

小坂町立博物館・郷土館には小坂鉱山の歴史や鉱石等が展示されています。

2014-09-07_14-34-13.jpg


2014-09-07_14-36-16.jpg

小坂のスター鉱石【黒鉱】
*秋田県北部(大館市~小坂町中心)には【黒鉱】と呼ばれる銅、亜鉛、鉛、金、銀などを含む世界的に有名な鉱石が産出し(鉱床が点在)、それに伴う鉱山、金属精錬業が隆盛を極めていた。

*複雑な鉱石成分から金属成分を分離、選別、濃縮、精製する技術を生み出し、その高度化を成し遂げた。

*鉱山業が必ず向き合う環境との調和、排水、排ガス処理、土壌浄化など環境対策が大きく進歩した。(柴山敦先生プリントより引用)

2014-09-07_14-41-20.jpg

鉱山が栄えていたころの街の様子。

2014-09-07_14-40-07.jpg

黒鉱坑内で厳しい採掘労働に従事している男女の様子。

2014-09-07_14-50-42.jpg

元山坑内支柱模型。この模型は明治43年(1910年)ロンドン博覧会へ出品するため作成されたものです。

2014-09-07_14-52-21.jpg

博物館の脇に、復元された小さな旧小坂駅がありました。小坂鉄道は明治42年(1909年)、小坂製錬の貨物輸送用としてはじまり、その後市民の足として使用されましたが、現在は廃線になっています。当時の機関車(三重連)とともに鉄道遺産に指定されてるそうです。

現在は小坂鉄道線路と設備を修復し、<見て・学んで・体験できる>レール遊びの複合施設として。2014年6月オープンしております。

2014-09-07_14-56-47.jpg

杉林や杉山を後にして帰路へ着く。

2014-09-07_15-15-23.jpg

鷹巣大太鼓館。

2014-09-07_15-45-45.jpg

帰りは鷹巣道の駅(大太鼓の里・物産館)へ寄り、多くの参加者が、あの有名な甘~い「だけのきみ」(とうもろこし)を買いました。私は茹でてあるものを5本で¥540円で買いました。

2014-09-07_15-46-13.jpg

バス停に月(9月7日)が。明日は十五夜です。
光り輝く満月スーパームーン(月が地球に接近して普段より明るく大きく見える満月)は9月9日(今年最後)でした。

2014-09-07_17-49-56.jpg




2014-09-17 09:20 | カテゴリ:秋田学びの旅