9月29日、午前1時、ケーブルテレビ<ザ・シネマ>で、映画『白バラの祈り ゾフィーショル、最期の日々』を観ました。
8月15日の野の花日記『ワルキュウ―レと平和』において、『ヒトラーに抗した女たち』を紹介した折、映画『白バラの祈り』を是非見たいと書きましたが、その願いが叶いました。

あらすじ
1943年、21歳の大学生ゾフィー・ショルは兄ハンス・ショルと友人と共に反ナチス組織「白バラ」メンバーになり、打倒ヒトラーをめざして活動、ある日、ミュンヒン大学で反戦のビラを撒いていたところを用務員に通報され、ゲシュタポに逮捕される。
ゾフィーは尋問官モーアに対し、はじめ「私はノンポリ」と主張していたが、自白したという兄ハンスのサインを見て、態度を一変、果敢に仲間と良心のために死を選ぶ。判決は「死刑・反戦ビラまきは国家へに反逆罪」。映画の下の隅に日時と時刻が、処刑までのたった5日間を描くドラマであることを表示しています。

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夜、私はよく映画を見、大抵はカウチポテトを決め込んで居るのですが、『白バラの祈り』は私にカウチポテトを許しませんでした。

感想
白バラメンバーが「大学にビラを撒くのは危険すぎる」と反対されるも「女は目立たないから」と、自ら兄と一緒に大学へ行きビラを撒く。最後のビラの一束を3階の手すりに置いた次の瞬間、ゾフィーはそれを手で払いのけ、反戦ビラが階下に向かって舞い飛ぶ。ドキリとする一瞬である。「そんなことしたら危ない!早く逃げて!」しかし、すぐ、「そこにいる全員動くな!」と学内放送があり、兄妹二人は大学を出る前にゲシュタボによって逮捕されてしまう。

「反戦活動は死刑」と言う厳しい取調官モーアと聡明なゾフィーの対決は息もつかせない緊迫感がある。ゾフィーの勇気ある良心から発する言葉にモーアが次第に心動かされ、自分の息子と同じ年令のゾフィーの命を救おうと、「兄を手伝っただけ」と言わせようとするが、「自分の意思で反戦ビラを撒いた」と言い切るゾフィー。

反ナチスを裁く「人民法廷」で、「司法テロ」「殺人キチガイ」と呼ばれた悪名高い裁判長ローラント・フライスラーが激しく「はいか、いいえか!明確に答えろ!」と割れ声でがなり立てるなか、ゾフィー、ハンス、友人のクリストフ(3人の子どもの父親)は、信念をもって「正義」を主張、ゾフィーが「戦争が終わったら、私が立ってるこの場に立つのは裁判長のあなたです。ここに居るあなたたちです。その日は必ず来る」と言い切る。人民法廷は公開されると聞かされたゾフィー、しかしそこに居並ぶのは制服を着たナチスたちだけだった。

弁護士はただナチスを信奉、「何も言うことはありません」と首を横に振る。そこへ、ゾフィーきょうだいの両親が法廷へ入ってきて、「私が父親だ!」「私がきょうだいの弁護をする!」と叫ぶが、すぐその場から排除される。
憎々しげに3人に対して罵詈雑言を浴びせ、「全員死刑!反戦のビラまき は 国家への反逆罪だ!」と叫び、判決を下すローラント。(彼は約5000名を死刑に処し、自らはアメリカ軍の空爆で死亡。瓦礫の下から遺体が発見された。)

処刑まで99日の猶予があると知らされていたが、別室に移されたゾフィーは女性刑務官に「すぐ遺書を書きなさい」と命じられる。直ちに処刑されると知ったゾフィーが絶望のあまり叫び折れるシーンは辛すぎました。
処刑される直前、両親との面会が許され、「あなたの考えは正しい。誇りに思う」という両親。「天国で再会しましょう」というゾフィー。短い面会の時間が過ぎて、親子3人の抱擁するシーンでは、この親ありてこの子どもたちありと思いました。

その直後、廊下に立っていた取調官モーアに泣いた涙を見られ「両親との別れの涙だ」と言い訳するゾフィーのプライド。憐憫の眼差しでゾフィーを見つめるモーア。

女性刑務官が「違法だけれど」と、タバコを1本ゾフィーに手渡し、処刑されるまでの束の間に、3人がそれを一服ずつ吸った後、見つめ合い抱擁するシーン。そこから刑場へ後ろ手に手錠をかけられ出ようとして、振り向いて「太陽は輝き続ける」と言うゾフィー。涙、涙、涙です。

最後にショッキングだったのは、突然ギロチンが現われたことです。ゾフィーが二人の男によって腕を掴まれ断頭台にうつ伏せにさせられ、その巨大な刃の下の丸い穴に頭を入れ首を差し延べる。一瞬真黒になった画面に「ダーン」と音が響き、処刑の終わりが告げられます。処刑場に掲げられた十字架のマリア像が欺瞞に満ちた時代を反映、空しさだけが残りました。

ところが、白バラの一員がゾフィ―とハンスが撒いた反戦ビラをイギリスへ届け、イギリス軍が飛行機でその反戦ビラをドイツ、ミュニヒンにばら撒いたのです。青空から舞い落ちる反戦ビラを拾い読むドイツ市民。「ゾフィーやったぞ!」私は思わず心の中で叫びました。それはゾフイーが天上から撒いたビラに思え、ミュンヒン大学構内に舞い落ちた反戦ビラともオーバーラップし涙。「ゾフィー死すとも正義は死なず」です。
映画の終わりに、存命中のゾフィーとハンスの写真が何枚も映し出されます。戦争でどんなに多くの若者が無念に死を選ばされたことか、口惜しいです。

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この映画はYouTubeで観ることができます。 
Die letzten Tage von Sophie Scholl  
http://www.youtube.com/watch?v=kCl52K6tyj8 (英語訳版)

尊い犠牲の上に今日の平和が築かれてるのですね。ドイツ人の生真面目さが作り上げた映画です。白バラのイメージの持つロマンチックさは一切なく、史実に忠実に、あの時代の青春を生きた、闘士でも何でもない普通の女の子の過酷な物語がリアルに描かれています。

真面目だと評されてる日本人が未だに全く手を付けてない領域の映画です。日本にもゾフィーやハンスのような運命をたどった男女が居たことは歴史から殆ど抹消され、語り継ぐ者もいません。
もし私がドイツのあの時代に生まれていたら、どう生きていただろうか…不様にしか生きられなかったのではないかと思う。最後にゾフィーの類まれなる勇気とともに、この映画の製作に関わった全員に心から敬意を表します。

「過去から学ばないものは歴史に報復される」。日本の現状は果たして平和を守り続けることができるのか深く憂慮せざるを得ないこの頃です。

散歩の途中、大きな株になってる紫式部を見つけました。拡大してごらんください。

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『白バラの祈り』を観た、その朝に元衆院議長の土井たか子さんが20日、肺炎のため、兵庫県内の病院で亡くなられたと新聞で報じられていました。「平和憲法があるから日本の平和は守られている」と力強く発言されて居られた土井さん。女子差別撤廃条約批准に際しても尽力された方です。
私のカードケースには秋田を訪れたころの青いスーツの土井さんの写真が今も入っています。巨星が地上から一つ消えて、とても淋しい気持ちです。

86年に女性初の党首として、社会党の第10代委員長に就任した。リクルート事件や消費税が争点となった89年の参院選で「土井ブーム」を起こし、自民党を上回る46議席を獲得。与野党逆転を果たし「山が動いた」の名セリフを生んだ。
93年8月の細川連立政権の発足と同時に、女性として憲政史上初の衆院議長に就任した。(毎日新聞より引用)

謹んで、ご冥福をお祈りします。

今日、わが家の玄関わきの鉢植えの木の実が台風18号による雨に濡れて、たくさんの雨粒をつけて光っていました。

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  宮沢賢治  詩ノートより

  〔何と云われても〕

  何と云われても

  わたくしはひかる水玉

  つめたい雫(しづく)

  すきとほった雨つぶを

  枝いっぱいにみてた

  若い山ぐみの木なのである

ゾフィー・ショルは実在の人物。2005年史実をもとにドイツで制作された映画です。主演はユリア・イェンチ。ベルリン映画祭主演女優賞受賞しています。

監督はマルク・ローテムント(1968年生まれ)です。
彼は、この映画を作るために、1年半にわたり、リサーチをして、当時、80~90歳台に達していたゾフィーの姉や、取調官の息子、存命の「白バラ・メンバー」からも多くの話を直接聞き、同時に発見された当時の裁判調書を入手し、事実を再現したドラマです。

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2014-10-06 16:34 | カテゴリ:映画
みなさんこんにちは。雨の日が続き、すっきりしませんね。
8月9日、町内会主催の夏まつりがありました。あいにくの雨だったのですが・・・雨の中で花火が・・・アンドロイドで花火を撮るのは難しかったです。

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今日は、第69回目の終戦(敗戦)記念日ですね。昨夜はトム・クルーズ主演の映画『ワルキューレ』(監督ブライアン・シンガー・制作2008年アメリカ)をテレビ「ザ・シネマ」で観ました。

第二次世界大戦下のドイツ=ヒトッラー(悪魔・偽善者・うそつき)が、独裁政治を行い、ヨーロッパ中のユダヤ人殺戮、ユダヤ人絶滅を計画実行し、1943年4月すべての戦線で配色濃い中で、ヒトラーはあくまで世界制覇実現と勝利を信じ戦争を強行していた。

そのような情勢の中で、1944年7月20日自由と正義のため人間の良心と勇気をもって、ヒットラーの命を奪い、革命「ワルキューレ作戦」を起こそうとした反ヒットラーの人々が、ヒットラー政権・国防軍将校のなかにいたのですね。
「ワルキューレ作戦」そのものは、ヒトラー政権に対する反乱軍を鎮圧するため準備されていたものを、逆手にとってヒトラー暗殺計画に利用したのでした。

ノルマンデー作戦がはじまり、ドイツが敗走しはじめていた中で、ヒトラー暗殺計画「ワルキューレ作戦」がシュタウフェンベルク大佐(トム・クルーズ)指揮の元、実行されたのですが成就せず・・・平和と正義のために立ち上がった人たちが処刑されてしまうのですけれど…死を覚悟し「自分はヒトラーに組しない、人間として恥じない生命を生きたことが、戦争が終わったら証明されるだろう」…。

誰が革命実行に加わる者か、誰がヒットラーに組する者か、両者の間で陰謀を企む者がいたり、繰り広げられる駆け引き…作戦を実行するためにはヒトラーのサインが必要なのですが、ヒトラーがすんなりサインをしてくれるかどうか、ヒトラーが招集した会議室に爆弾を仕込んだカバンを置き・・・最後まで緊張が走るサスペンスに仕上げられていました。

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上の2冊の本は市民の中に、無関心ではいられず、絶滅収容所(アウシュビッツ)へ送られようとした人々を自らの危険を冒して助け出した勇気ある人たちの記録です。

『思いやる勇気~ユダヤ人をホローコストから救った人々』 キャロル・リトナー:サンドラ・マイヤーズ編 食野雅子訳 
(1997年 サイマル出版会) ¥1500円
☆「そこに困っていた人がいたから助けた。人として当たり前のことをしただけです」。特別な思想信条や信仰心を持ってるから助けたのではなかった。

『ヒトラーに抗した女たち~その比類なき勇気の記録~』マルタ・シャート著 田村万理・山本邦子訳 (2008年11月 行路舎) ¥2500+税
☆独裁国家の中に、それに抗した女性たちが居たのですね。
ナチズム時代あらゆる社会層から出てきた女性たちが、市民として信念を主張し、抵抗運動に身を捧げたこと、政治的に困難を極めた時代のドイツを生きた女性たちの実録です。
1934年から1944年までの間、第三帝国内で1万1900人が処刑されました。うち女性が1100人でした。(軍事法廷による死刑判決及び親衛隊に殺害された人々やユダヤ人は含まれていません。)

「1つだけお願いしてよければ、私のことをすべての人に話してね。私たちの死は点滅するシグナルでなければならないのだから」リべルタス・シュルツェ=ボイゼンが、処刑される前母親あてに書いた手紙です。

一番有名なのは、学生の抵抗運動の中の、若くして抵抗運動に身を捧げたゾフイー・ショルの生き方です。映画化され『白バラの祈り』 として日本でも公開されました。私は見てませんので、アマゾンで探してみようと思っています。

この本はお勧めの本です。図書館などにありましたら是非読んでいただきたい一冊です。

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☆イスラエルのガザ攻撃について思う

ユダヤ人大虐殺(ホローコスト)を生き延びたイスラエル人たちは流浪の民を止めて、祖国建設のため世界中から集まり(シオニズム)、パレスチナ人を追い払い、パレスチナ人から土地を奪ってイスラエル国を建設したのです。
いまイスラエルはパレスチナ・ガザ地区で圧倒的軍事力を持ち、徹底的にガザを破壊尽くし、既に2000人以上の市民が犠牲になっています。停戦協定はすぐ打ち破られ、砲撃は止まず…残酷な戦争が続く…。心が痛いです。

ヒットラーがユダヤ人を不潔なネズミであり病原菌をばらまきドイツを滅ぼす危険な存在というプロパガンダを流したように、イスラエル人の眼には、ガザの人たちの姿がもはや人間に映っていないのでしょうか?
ユダヤ人が受けてきた人種差別をパレスチナ人へ憎悪をもって繰り返す。大いなる矛盾であり愚行です。戦争は破壊しつくすだけ、人間を殺し続けるだけ、死んだ一人ひとりの人に家族が居て、それまで精一杯に生きてきて・・・突然訪れる不条理な死。正義の戦争なんて、どこにもありえないと考えています。

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駅のフェンスにからみつき、暑さの中で、可憐に咲くピンクの昼顔。

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ほうづきがいっぱい。

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ただひたすらに生きている。
よく見ると前足が半分かけていますね。なかなか動かなかったのはそのせいだったんですね。歩道のコンクリートの上では、誰かに踏まれる危険性が高く、草むらへ移し置いてきました。

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2014-08-15 10:38 | カテゴリ:映画